妻の視線が俺の横に移動していく。
つられて俺もそこを見た。
タバコの吸える居酒屋の個室。
妻の視線の先、黒い木の板の壁には「喫煙所」の案内が貼られていた。
とても曖昧な表現の案内文。
意味の繋がらないように思える文章。
文字は、ランダムに赤と黒で書かれていて、赤だけを読むと別の文になった。
漢字と平仮名とカタカナは間違っているが、繋げると・・・
男女ノ出アい御サがす場
俺はゆっくりと立ち上がった。
厚手の木戸は重くて、けれど静かに開いた。
薄暗い廊下に出る。
予約した部屋は一番奥だったから、一歩目を迷うことはなかった。
廊下の交差する場所で左右を見ると、出口ともトイレとも違う方向の突き当たりに「喫煙所」の案内が貼られているのが見えた。
角を曲がると、扉が見えた。
その小さなガラス窓からは、薄暗い廊下には不似合いなほどの光が漏れていた。
誰もいて欲しくないと思いながら、誰かいて欲しいと思った。
俺は両方を同時に祈るような気持ちで扉を開ける。
「・・・あの」
喫煙所なのに2人ともタバコを吸っていなかった。
「・・・実は」
2人は、おそらく知り合いではないと思える距離で、それぞれが壁に背を預けている。
「・・・おとこを・・・探していて・・・」
期待と警戒と緊張の表情だった2人が、ニヤリと笑った。
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