ふらふらと歩いた。
いつもより少ないアルコールで、いつもより酔っていた。
興奮のせいかもしれない。
左手に持ったままの携帯には、妻からのメッセージが表示されていた。
シンプルな表現で遅くなると。
時間は分からないので先に寝ていて欲しいと。
3人との飲み会の間に届いていたそれは、妻が杉本の命令を実行する事を証明していた。
電車に乗り、けれど途中下車した。
路地を歩き、自然公園と書かれた看板を見上げる。
入り口に立った4本のポールに繋がれたチェーンが侵入者を拒んでいた。
立ち入ってはいけない。
行くべきではない。
けれど俺の足は、簡単にチェーンを跨ぎ超えた。
遊歩道は、公園の小高い丘を一周するようにゆったりとした坂道になっていた。
街灯もまばらな、生い茂る木々に囲まれた坂道を進んでいく。
風に葉の擦れる音、靴底が小石を踏む音、心臓の鼓動だけが聞こえていた。
15分ほど歩いた先で小さな灯りを見つけた。
暗闇の中に建つ小さな小屋の窓の光。
俺はまた妻のメールを読み、歩く。
いつのまにか、無意識のうちに足音をたてないようにしていた。
荒くなる息さえ抑えようとしている自分がいた。
時間はもう10時を過ぎている。
いて欲しくない。
・・・そう言い切れない。
表現できない気分に支配されたまま、俺は中に入る。
真っ暗な公園の中、不自然なほど明るい空間。
入り口の大きな鏡と2つのシンク。
大きな白いタイルと小さな青いタイルの壁には、小便器が4つ並んでいた。
その向かいの壁に並んだブースは、3つとも扉が開いている。
3歩だけ進む。
和式の便器がついた1つ目のブースには誰も居ない。
1歩進む。
2つ目のブースも空だった。
便器は洋式になっていた。
耳には自分の鼓動が聞こえていた。
そして小さく、自分のものではない熱い息音が聞こえていた。
それは苦しそうな、大きな息を吐く音だった。
熱く、興奮しきった息の音だった。
俺は、さらに1歩、進んだ。
※元投稿はこちら >>