「遅いじゃないですか~」
ビールを片手に山崎が笑う。
自分こそ自慢したくてウズウズしていたのだろう。
その笑顔はまるで子供がオモチャを自慢する時のように明るく、下品だった。
「そうそう、あんなに楽しみにしてたのに」
川口もそれに続く。
同じような笑顔で、まだ席についていない俺を見上げている。
「どうぞ・・・生で良いですよね?」
杉本は奥に詰め、俺の席をあけながら店員に注文を出した。
「失礼します」
そう言った店員が扉を閉めると、俺は掘り炬燵になっているテーブルに座りながら個室の中を見渡した。
いつもの店では小さなテーブルを4人で囲んでいるのだが、今日の店では無理をすれば8人が座れそうな掘り炬燵のテーブルで、2人と3人に別れて向かい合う形に座っている。
一番入り口に近い席が俺(座席の上下的にどうかと思うが)、その隣が杉本。
向かい側には山崎と川口が、女を挟んで座っていた。
山崎と川口の軽口が耳に入らず、俺は俯いている女を凝視する。
その視線に気づいた山崎は、唇の右端をニヤリと上げて笑いながら女を見た。
「ほら・・・ほら、主任・・・お客さんですよ」
女はビクッと肩を震わせる。
「会わせるって言ってた人だよ、ほら・・・」
川口が右手を女の肩に回していく。
女はようやく諦め、ゆっくりと顔を上げた。
そこに居たのは間違いなく妻だった。
もちろん知っていた。
もちろん違うはずがない。
だが、たった1メートルほど先に座って見つめ合うと、心に絶望か激情か、怒りか悲しみかわからない感情が一気に湧き上がった。
妻の顔は緊張に強張り、少し上気していた。
俺は妻の目を見つめたまま。
妻も俺の目を真っ直ぐに見つめる。
そしてお互いに、「はじめまして」と挨拶を交わした。
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