「今日は遅くなるわ」
朝食を食べ終わった妻が、少しの緊張と興奮が混ざった声で言った。
俺は広げた新聞で妻の視線から隠れている。
妻を見るたびに快楽に蕩けた妻の顔が脳裏に浮かぶので、ここのところ毎日こうしている。
「・・・帰れないかもしれないの」
追い詰める妻の言葉に「わかった」と答えて席を立った。
(・・・とうとうこの日が来た・・・)
俺はそんな事を思いながら、逃げるように玄関を出た。
一日中、何も手につかなかった。
立っていても座っていてもソワソワした。
新人でもしないようなミスを3回もしてしまい、業務を諦めた。
けれど手を動かさなくなると、さらに時間が過ぎるのが遅く感じた。
(そういえば・・・)
自販機から缶コーヒーを取り出しながら、今日はメールを送っていないなと思った。
思ってから(・・・バカバカしい)と自責して笑った。
いつもより早く退社した。
気は逸るのに、足が動かなかった。
だから店に入ったのは待ち合わせの時間よりも15分も遅れた。
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