家に着いたのは、夕方の5時半頃でした。結果的に、僕を生家まで引っ張って行ってしまったため、加寿代さんは僕に夕食を薦めてくれる。
我が家の日曜日の夕食はこの時間だが、乃村家ではもっと遅いらしく、それこそ乃村くんなら8時9時あたりに食べていたらしい。
そのため、帰ったおばさんは僕の夕方よりも、明日の仕事の準備を優先させてしまう。おばさんから夕食を出されたのは、午後7時半を過ぎていたのです。
夕食も終わり、洗い物を始めた加寿代さん。ソファーでくつろぎ始めた僕も、その姿勢が段々と崩れ始めます。
身体は傾き、両足はソファーに上がり、最後にはゴロンと寝転んでしまうのです。
僕が閉じた目を再び開いたのは、どのくらい経ってからでしょうか。一つだけ分かるのは、『完全に寝てしまっていた。』ということ。
ついているテレビ番組を観て、夜9時を過ぎたのが分かります。キッチンを見ました。そこにおばさんの姿はありません。
僕の脳も段々と鮮明になり始め、状況が理解されて来ます。
僕の耳に、ある音が聞こえて来ました。その音には馴染みがあり、その方向へと足を進めます。やはり、ここから出されている音でした。
それは、うちと同じガス湯沸し器の音。お風呂から聞こえているものです。閉ざされた扉からはお湯が流される音が聞こえ、その主は彼女しか考えられません。
加寿代さんが入浴をしているのです。
僕はその扉を食い入るように見ています。ピチャピチャと彼女が床を歩く音、洗面器の奏でる音、1つも聞き逃すことはありません。
目の前のドアノブを回せば、裸で入浴をしているおばさんがいます。しかし、それを回せるほどの勇気は僕にはありませんでした。
『ナオヤくん、ナオヤくん、』
おばさんの声がします。僕の肩を控えめにポンポンと叩き、起こしてくれています。おばさんの身体からは石鹸の香りがしていて、とても心地よいです。
ウソ寝をしていた僕が、『ウゥ~ン…。』と声を出して、身体を動かせます。彼女は、『もう起きる?帰れる?』と声を掛けてくれます。
しかし、僕の答えは、『ウゥ~ン…、ハァ~…、』と言って再び眠ることでした。起きてはいますが、僕は眠たいアピールなのです。
おばさんは諦め、タオルケットを僕に乗せ、テレビを消し、照明を消し、そして最後に玄関のカギまでも掛けてしまうのでした。
それでも一眠りをしてしまった僕。島を歩き回って、やはり疲れてもいたのでしょう。目を覚ましたのは、23時にもなっていました。
真っ暗なリビングに照明がつきます。テーブルの上には紙が一枚置いてあり、おばさんの字で帰る方法が書いてあります。
『玄関のカギは開けておいて。』、『シャッターを降ろしながら、外に出て。』と細かく脱出方法が記されていました。
僕は一度トイレを借ります。この物音で、おばさんが起きてくるのを期待してのことです。しかし、彼女が起きてくる気配はありません。
朝5時前起きの加寿代さんです。この時間は、完全に就寝中なのです。
僕は小学校以来に、この家の階段を上っていました。僅かに螺旋をしたこの階段を、手をつきながら上がって行きます。
上りきると、そこには廊下が延びています。遠い記憶では、この一番奥の部屋が友人の部屋だったはず。何度も二人で遊びましたから。
しかし、今日は彼の部屋には用がありません。用があるのは、その2つ隣の部屋。そこにはきっと、乃村くんのお母さんが寝ているはずです。
15年ぶりのこの光景。当時子供だった僕には、彼しか興味がありませんでした。その親となれば、子供達にとっては邪魔な存在でした。
しかし時は流れ、もう邪魔な存在はその友人なのかも知れません。僕が興味があるのは、彼の母親。母親の方なのです。
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