お店のシャッターが閉まりきりました。しかし、先に小さな中庭があるため、真っ暗ではありません。この小さなお店、マジマジと見るのは何年ぶりだろう。
間口は3mぼどしかなく、入れば僅かな陳列棚のある売り場、その奥には作業場があり、更にその奥が光が射し込む中庭となっている質素な縦長のお店。
作業場を進むと、左には複数の機械が並び、右には創作用の作業台、その僅かなスペースにはお客さんのための椅子と小さなテーブルが並べられている。
小さな空間を最大限に活かしている感じです。これは、おばさんの義理の母親が始めたお店。彼女は、それを引き継いだのです。
加寿代さんがこの店に初めて来たのは、彼女が22歳の時でした。和菓子屋の後継者などそういるはずもなく、ただのお手伝いで来たのが始まりでした。
しかし、後の義母となる方に『ちょっとやってみる?』と言われ、彼女は初めて和菓子造りをやることになります。
彼女には美術的な才能がありました。『完全オリジナルの自分の和菓子』、それは彼女を虜にしてしまうのです。
そして、その家には一人の男性がいました。会社員をやっている息子さん。見るからに真面目で、笑うほどに堅物に見えました。
彼女自身、自分が『真面目』というのは知っています。しかし、そんな彼女でさえ、『私よりも上。』と思ってしまうほどの誠実な男性。
かなりの年数が掛かるのですが、この二人が結ばれて僕の友人が産まれてくるのですから、人生は面白いものです。
陽の射し込む小さな中庭を抜けると、そこに玄関があります。そこからが加寿代さんの住む家となります。
他人から見れば、お店と引っ付いているようにも感じますが、この玄関こそ彼女が『職人から、一人の主婦』に戻れる境い目。彼女には必要な扉なのです。
玄関を開けると、足踏があり、その先には廊下が繋がっています。僕が初めて来た時には新築だったと思いますが、今はもう使い込まれているようです。
『ナオヤくん、こっち座ってぇ。』、リビングから声がしました。靴を脱いで、正面のリビングへと入ります。
おばさんから、『そこ、座ってぇ。』と言われ、テーブルへと座ります。彼女はキッチンに立っていました。遅い昼食は、冷やし中華でした。
おばさんの身体から、エプロンが外されます。病室へ行くために、いつもよりいい服を着ていると思われ、そんな女性が目の前に座ります。
他人の家での食事もあったとは思いますが、僕の緊張はやはりおばさんに対してのもの。友人の母親とは言え、美人なのです。
思わず顔を見続けてしまう僕に、笑顔を見せてもくれます。笑顔で断ち切ってくれるのです。
『乃村くんのところ、毎日行ってるの?』と聞いてみます。彼女は『毎日。』と答えました。だから、お手伝いさんが必要だったのです。
そんな彼女に、『なら、今度の日曜日も行ってもいい?おばさん、乗せていくわ。』と言ってみます。返事は『いいの~?』でした。
『ナオヤくん、迷惑でしょ~?おばさん達に気を使ってくれなくていいのよ?』と真面目に言われますが、『行きたいです。』と答えました。
加寿代さんがどう思ったのかは分かりません。しかし僕には、『彼女に近づきたい。一緒にいたい。』というハッキリとした目的があります。
そのつもりで言ったのです。それを友人のノンちゃんはどう聞いているでしょう。『頑張れよ。』でしょうか。
それとも、『お前、僕のお母さんに変な気など起こすなよ?』でしょうか。
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