『お前、わかってるん?ワシからは、もう離れれんのよ?』
年老いた男性の声だった。そして、『わかってるわよ。』と女性が答える。これも、かなりの年齢の女性の声だった。
その後も男性の『ワシは、』『ワシは、』と続き、その度に『はい。』『はい。』と女性はただ返事を繰り返していた。
これだけで、この二人の上下関係が感じ取れた。
このボロアパートである。御老人達は気にしていないようだが、隣の部屋から聞こうと思えば、聞けてしまえるのだ。
男性が現れてから1時間半の一人喋り。女性相手に自信満々に語り尽くす。男はどれだけ立派な人間なのだろう。
『公美子、好きか?ワシのこと好きか?』と問いながら、男は静かにフィニッシュをしてしまう。かなりの短命である。
それでも、女性に対しては己の強さを語るのだ。そして、交替。指と舌で女性器の愛撫をし、女性も静かに昇天をしてしまう。
この淡白な営み。これが二人のセックスなのだ。
『なんだ、このおっさん?口ほどにもない。』
70歳過ぎた老人とわかっていても、あの上から目線の喋りが鼻をつき、おっさんに対してそんな印象しか持てない。
『お前だって、こんなので満足してないだろう?』と、女性に対しても変な同情を感じてしまうのだ。
そして、そんな女性に『俺なら、こいつを。』と誤った感情を持ってしまったのです。
『こんにちわぁ~。』
その女性に声を掛けたのは、そんな下心からだった。人見知りの強そうな彼女は、適当に返事をして自分の部屋へと逃げ込んでしまう。
部屋へと入った彼女の扉を見ながら、その横にある古びた郵便受けの『川村公美子』と言う名前を目に焼き付けるのだ。
その後も、私は彼女の部屋をことあるごとに訪れた。お菓子をもらってはお裾分け、役所からの葉書を持てば公美子さんに聞きに行ってしまう。
向こうからすれば、私は子供や孫。困っていれば、やはり助けてあげようとするのは、60歳の女性であれば当然だった。
そして、そんな私に彼女が気を許してしまうのに時間は掛からなかったのです。
その日、公美子さんの部屋にあがり込むのは4回目となっていた。無口で無表情な彼女も、ようやく安心した顔を見せてくれる。
そして、私のために2杯目の飲み物を取りに立ち上がった時、こんな質問をぶつけてみた。
『日曜日に、どっかのおじさんとセックスしてるでしょ?隣の部屋まで聞こえてるよ?ハハハ…。』
笑い話のように話した私でしたが、公美子さんは立ったまま固まっていました。
更に、『セックスって言っても、おじさんのチンポ入れてもらえんのでしょ?ダメよねぇ~?ハハハ…。』と言うと、もう振り返ることは出来なくなっている。
きっと、『なに、この男は?どこまで知っているの?』と推測でも始めているのだろう。
『公美子?おっさんと別れて、俺と付き合わん?俺、頑張るからさぁ~。』
彼女に対して、とても失礼な言葉を投げ掛けていました。初めてが名前の呼び捨て、そしてなんの脈略もない告白。彼女は更に嫌悪を私に感じたことでしょう。
しかし、そんな彼女に私の手が延びるのです。
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