グッタリとした事務長さんは、けだるそうに服を着始めた。1階に降りて、買える仕度をして廊下を歩く。彼女は僕の腕をしっかりと握って離さない。
顔を見ると、どこか幸せそうな顔をしている。目が合うと、彼女の目を見て驚いた。純情な女性の目をしていた。僕のことが好きと無言で言っている。
正月休みも終わり、事務長さんからあることを聞かされた。転勤である。他の学校に行くことになったらしい。
本人曰く、『こういうの、ローテーションだから。そろそろかなぁとは思っていたけど、今回は急だったねぇ。』とのことだった。
おかげで彼女は後始末でますます忙しくなり、二人で会う時間もなくなった。
そんな時、学校から携帯がなった。『事務長さんだろう。』と出ると、相手は男性の声。校長先生、つまり僕の恩師からである。
『少し時間があったら寄ってくれんか?』とのことだった。『仕事かなあ?』と思い、その足で学校に向かった。
僕は校長室に通され、代わるように校長室から事務長さんが出て来た。怪しまれないようにおじきをして、僕が校長室に入る。
恩師と教え子。最初は、昔話に少し盛上がる。しかし、この後の校長先生の言葉から、雰囲気は一変してしまう。
『ところでお前、うちの事務長の大石と何かあるんか?』
目が泳いだと思う。それに、校長先生は気づいたとも思う。昔から、鋭い先生だ。
『いやのぉ、生徒が事務長とお前が正月に一緒にいるところを見たっていうからのぉ。確認してるだけや。どうなんや?』と聞かれた。
頭の中で後悔をしてしまう。仕事が少しでもスムーズにと生徒に声を掛けて、いい人とばかりに、自分の存在をアピールしてしまったこと。
そのために、おそらく事務長さんと初詣に行った時に、それらの生徒さんに見つかってしまったこと。
そして、さっきまでこの事で事務長さんが校長先生と話をしていたのではないか。彼女は何て言ったのだろうか?
『なんですか、それ?』ととぼけるしかない。『ほんとに何もないんか?』、元担任の少しニヤついた、それでも鋭い目が僕を追い込む。
『なんものないですよぉ~。』と繰り返した。校長は、その鋭い目で僕を見ていた。僕の態度から、見透かされていることも分かる。
『すいません。事務長さんとお付き合いさせてもらっています。』、何度も口から出そうになった。しかし、彼女が何を言ったのか分からない以上、
それは言えなかった。その後も尋問(?)は続いた。もちろん白状などしない。
いよいよ終盤、僕はある作戦に出ていた。校長先生の目を見ながら、『なんもないです。』『誤解です。』を繰り返したが、目ではこう訴え掛けていた。
『本当のこと言えないの分かってください。もう勘弁してください。言われる通りです。認めます。先生、頼みます。見逃してください。』と。
『そうか。誤解か。ワッハハハ…。』と独特な校長先生の笑いが口から出た時、一気に緊張がほぐれた。もう少し話をしたが、この事に触れることはなかった。
学校を出て、すぐに事務長さんから電話がなった。『どうだった?』とお互いに聞き合い、お互いに『しらばっくれた。』と答えた二人でした。
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