（なんだよアイツ！！気に入らないな、まったく…綾子も嫌だったろうな…）
あれこれと考えているうちに妻が観覧席に戻って来た…
「凄いな…ぶっちぎりじゃないか…凄いよ…」
「んふふっ…そう？！」
得意げに応える妻…
「しっかし…なんだよ、あの黒岩って奴は…見てたよ…」
怒り心頭の表情で問う私に
「みてたの？！そうそう…嫌だった～！朝、下でも話し掛けられたんだけど…あんな感じの人一番苦手…
石鹸で洗ってきたよ…」
顔を顰めながら手のひらを見せる妻に
「可哀想に…」
と妻の頭を撫でやると
「子供じゃないんだから～」
と最後は笑いでその場を収めたのだが…
「まだ、何かに出るんだっけ…？！」
「うん、最後の親子リレー…」
「そうか…」
私が浮かない表情で応えると
「何それ、出て欲しくないように聞こえるよ…」
「いや、そう言う訳じゃないんだけど…み、水着がね…」
思わす本音を漏らしてしまった私に
「うふふっ…心配してくれてるの？！
大丈夫よ…きちんと直してるし…
それに、親子リレーだよ‥出なかったら佑樹が可哀想でしょ…」
（違うんだよ…盗撮されているんだ…おまけにあんなオヤジ達に至近から見られてしまうんだよ…）
「そうか‥そうだよな…頑張れよ…」
私は思わす出そうになった言葉を飲み込んで、努めて明るく振る舞った…
それから暫く三人で競技を眺めていると、シンクロナイズドスイミンクの演技が始まった…
退屈になった私は
（綾子が居るうちにトイレにでも行っておくか…）
そう思いトイレに向かうと…違う出口から飛び出して来たスーツ姿の中年男性と危うくぶつかりそうになった…
しかし、その男性は謝りもせずに足早に私の先を進んで行った
（なんだよ、失礼な奴だな…何をそんなに急いでいるんだ…）
私の先を早足に歩く白髪混じりの坊主頭を見て私は
（あれ？！あいつさっき…綾子がゴールした真ん前の来賓席から‥ずっと綾子の事を見てた奴じゃないか…？！）
そんな事を考えながら、歩いていると…
（なんだ…トイレか…あんなに急いで…漏れそうなのかな…八が当たったんだ…ざまあみろ…）
そして、私も後を追うようにトイレへ入ると…
（ん？なんだ！？…個室か？！…だからあんなに慌ててたんだな…）
誰も居ないトイレ‥その個室のひとつだけが閉まっていた。
天井に設置されたスピーカーから、開場で行われているシンクロナイズドスイミンクの音楽が結構な音量で流れていた…
私が用を足そうとすると、流れて来る音楽に一瞬の静寂があった。
その時！
閉まった扉の方から呻き声のような声が聞こえて来た
（ふふっ、踏ん張ってるのかな…）
そう思った瞬間…
『あや‥こ…』
妻の名前を漏らす低い声が聞こえてきた…
（ん？なんだ？空耳か？）
気になった私は静かにその声のする扉へと近付いた…
『あああぁ、綾子…』
すると今度はスピーカーから流れる音楽に邪魔されながらも、はっきりと『綾子』と聞こえた…
（綾子って…何だ？！何故こいつが…）
私は居ても立ってもいられなくなり、静かに隣りの個室に入り聞き耳を立てると…
『おぉ…あぁっ…』
壁越 しに、男の荒い息遣いが聞こえて来た。
それは‥勃起を摩る時の、男の息遣いのよう聞こえた…。
次の瞬間！衝撃が走った！！
息遣いの合間に、「おぉっ…綾子…、坂井…綾子…」と妻の名を繰り返す微かな声が聞こえた。
（坂井？！…綾子？！）
私の鼓動は一気に高まり、ガクガクと膝が震えた。
そして、無意識のうちに壁に耳を押し付けていた…
「ハァッ、ハァッ‥綾子‥あぁっ、綾子‥ハァッ、ハァッ‥坂井‥綾子‥」
嗄れた声の主は、先ほどぶつかりそうになったあの男である事は間違いない…
見ず知らずのいい年をした男が、妻の名を繰り返している。
ズボンを下ろし、剥き出しの勃起を扱いているのだろうか…。
その先端から、抑え切れない欲情の汁が溢れ出しているのか‥
肉擦れの音の中に『クチュッ、クチュッ…』という粘着音が混じってき た。
「ハァッ‥おぉっ、坂井‥綾子の尻‥あぁっ、たまらん‥綾子の尻‥ハァッ、ハァッ、綾子の尻‥おぉっ、たまらん…」
来賓席から見た妻の肉体を思い出しているのか…
まさか！？…地位も名誉もありそうな男が…こんな所で…
肉擦れの音が世話しなくなり、息遣いが激しくなって来た。
瞬間が近付いているようだった。
「おっ‥おおぅ、綾子‥気持ちいいよ、ハァッ‥ハァッ‥おぉっ、気持ちいいよ、坂井綾子、いいっ、いいっ、坂井‥綾子‥ハァッ‥ハァッ いいっ…」
軽々しく妻の名前をフルネームで連呼するこの男は、誰も入って来ないとでも思っているのか…
入って来てもスピーカーから流れる音楽に掻き消されるとでも思っているのか…
それとも、興奮状態で我を失っているのか…
男は一段と高く大きな声で、妻の名を呼びながら、呻き声を上げた。
「おおっ、坂井綾子の…尻…たまらん！ 坂井‥あっ‥綾子！ そんな…尻を‥見せ付けやがって…おっ、 おおっ！！あっ！あっ！綾子！！ たまらん！ 出すぞ！‥綾子！！出すぞ！おおっ 出るっ！出るっ！綾子！綾子！綾子！綾っ‥うぅっ！」
ベチャッ…ベチャッ…
男の体液が壁に飛び散る粘っぽい音が数回、聞えた。
「ハァッ、ハァッ、ハァッ…、気持ち‥いいっ、ハァッ、ハァッ、坂井綾子…気持ちいい、坂井‥綾子、ハァッ、ハァッ、綾子、ハァッ、ハァッ」
息を荒げながらも妻の名を呟き続けている。
男にとって、妻の胎内に精液を放出した瞬間だったのだろうか…。
肉擦れの音が激しい。男は、なおも射精の快感に浸るように勃起を擦り上げていた…。
それはまるで、精液のすべてを妻の胎内に放出しているかのように思えた。
（この野郎！！坂井綾子は俺の妻だ！ふざけるな ！！）
壁の向こうの声だけの男に対し、込み上げて来る怒りを感じながらも…
私の肉棒は、見る見る間に勃起した。
壁を隔てた隣の男の射精の興奮が伝わってきそうだった…。
依然、ハァッ、ハァッと荒い息遣いが聞こえる。
静かにドアを開けてトイレの外に出ると、私は気持ちを落ち着かせようと大きく息を吐き出し、深く呼吸した。
（信じられない…あんないい年をした男までが…）
どう見ても50を過ぎた男が‥妻を思い自慰に耽る
しかも、公衆のトイレで…
そんな信じがたい行為を目の当たりした衝撃に、治まらない鼓動 震える膝 軽い目眩を感じながら席へと戻ると…
「あら、どうしたの？顔色悪いわよ…」
「いいや…何ともないよ…」
平静を装い応えながら視線をずらすと…来賓席に何食わぬ顔で座るあの男の姿があった。
テーブルに貼り付けられた紙に書かれた文字に、思わず二度見していまった
（張山土木建設…代表取締役社長 芝田正巳？！…社長？！嘘だろ！？そんな人間が…）
「大丈夫？お腹痛いの？」
呼びかけにハッとして振り向くと‥
心配そうに私の顔を覗き込んで来る妻
が…
私はその顔を見つめたまま、心の中で…
（綾子を思いながら勃起を扱く男の声を聴いてしまったよ…あいつだよ…）
そう呟いていた…
しかし、直ぐに（ダメだ駄目だ…冷静になるんだ…）そう思い直し…
「いや、ちょっと腹痛かったけど…もう平気だよ…」
明るく応えると妻も安心したようで、その場は何とかやり過ごした…
そして、「じゃっ、行ってくるね…」
親子リレーに出場する為、笑顔で観覧席を後にする妻…
親子リレーは第一泳者が親、アンカーが子供‥妻がメインのスタート台から息子が来賓席の側のスタート台から…と言う事だった。
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