そんな経緯があったお陰で…
観覧席に一人で座る男性の多さを見て、得体の知れない不安に襲われ
冷静ではいられなくなってしまった私の頭の中は…
忘れかけていた、妻に群がるあの変質者達の事でいっぱいになっていた。
そして…
(こいつは?…あいつは怪しい…こいつはどうなんだ!…あいつは挙動不審だ…)
もう…観覧席に一人で座る男達全てが変質者に見えて来たのだが…
なんとか平静さを取り戻そうと、その観覧席から視線を落とすと…
スタート台後ろに整列する数十組の親子達
妻を探すと、私の所からもその様子が確認出来る
一番手前の例の最後尾に並ぼうとしていた…
(あの水着…どうにかならないかな…)
相変わらず、頻りに水着が食い込むのを直す妻の仕草を気にかけていると、観覧席を歩く一人の男の姿が視界に入った…
その動きを注視していると、その男は最前列の向かって右寄りに陣取る‥母子祖父母といった雰囲気の家族
その直ぐ隣の席に座ろうとしていた…
ほぼ空席の無い最前列…
僅かにある空席の一つに置かれた荷物を退けさせてまで、その席に座ろうとする男に…
三脚を立てカメラを構える、参加者の祖父らしき男性は嫌気な表情を見せながら荷物を退かしていた…
(なんだ…?!参加者の父親か…?!他にも席はいっぱいあるじゃないか…そんなに前で見たいのか…?!…………………………ああっ!!…まさか…)
その男の座ろうとする席の真下に妻の姿があった…
置かれた荷物を退けさせてまでその席に座ろうとする『図々しい』とさえ見える行動に猜疑心を持った私はその男を注意深く観察した。
すると…
(ああっ…やっぱり…ん?違うのか?…いや…やっぱりそうか?!…
くそっ、遠すぎてわからない…)
私の所からその男迄の距離およそ20数㍍
男は座ると直ぐに鞄からビデオカメラらしき物を取り出し、股の間に挟むような態勢をとった…
その視線の先には妻の後ろ姿が…
そして、ファインダーを覗き込んでいるのか、顔が上下に忙しなく動く…
端から見ると撮影しているようには見えないが、私にはそのカメラのレンズが妻に向いているように見えて仕方なかった。
会場では来賓の挨拶が始まっていたが、あの男は一度もそちらに目を向ける事なく
相変わらず頭意外はピクリとも動かさず同じ態勢をとっている
(もう間違いないだろ…盗撮だ…こういった会場は撮影する人間をチェックするんじゃないのか…!?)
私の苛立ちが頂点に達した頃…
「坂井さん…」
呼び掛けに振り向くと、長男をスイミングクラブに誘った同期生の母親『宮田三枝』だった…
宮田三枝は妻とはよく長話をしているようだが、私とは挨拶程度でほとんど話をした事がなかったが…
「下で奥様に会いましたよ…スタイルいいわよね~羨ましい…
私も出たかったんだけど、主人がどうしても出るって言うから…」と喋りながら…
彼女は私の隣に座りあれこれと話し始めた
※今、挨拶しているのが息子達の通うスイミングクラブの会長『黒岩 重光』だとか…
※その黒岩はスイミングクラブの他に
建設業.不動産業.レジャー施設.等々幾つもの事業を手掛ける、地元では有名な人間だとか…
※私達の住むマンションも黒岩がオーナーだとか…
※宮田三枝の夫も黒岩が手掛ける建設会社で働いているから、マンションも割安で買えた、スイミングクラブも自分と息子共々社員割引で通えているだとか…
※その黒岩は58歳にもなるのに未だに独身で後継ぎはどうするのかしら‥とか…
了いには「あ、そうそう…これは噂だけどね、あの会長って気に入った女性を見つけると、結婚してても構う事なくしつこく誘って来るらしいわよ…
それでね、大金を積んででもどうにかアレしたがるらしいのよ…
噂だけどね~!?
そうだ!…さっき更衣室の所で奥様が会長に話し掛けられていたわよ…
奥様綺麗だからね~気を付けた方がいいかも…
ても、奥様しっかりしてるから心配いらないか…
あの会長も、あの顔じゃね~結婚出来ないのも分かる気にがするわよね…
いくらお金があってもね~
私だったら無理無理…」
(はぁ?!確かに言いたい事は分かるが…お前も似たようなもんだろ…この人は平気で人の悪口を言うタイプなんだな…
こんな人に付き合っている綾子も大変だな…
旦那もネクラな感じだし…近所だから当たり障りないように付き合って行くしかないな…)
小肥りでバーコード状に禿げ上がった頭、醜い顔立の黒岩の事を…
スイミングの成果が全く見られないような体型で、見るからに意地悪そうな顔つきの宮田三枝が楽しそうに話す様子に呆れながらも
(しかし…今、それどころじゃないんだよ…まったく…)
とヤキモキする私の心も知らずに
どうでもいい話を長々と続け…
「それじゃ、私は向こうに席をとってありますから…」
と言い残し宮田三枝は去って行った。
(なんだよ…まったく…あっ!…綾子は?!…………くそっ、あの男まだいるのか…いい加減にしろ!!
他はどうなった…?!まだいるか…
ん?よく考えたら…あの位置からは観覧席の陰になって綾子の背中から上しか見えないんじゃないか…
しかし、あの視線は気になる…)
やっと消えてくれた『邪魔者』を見送ろうともせず、直ぐにあの男達の様子を伺うと…
最前列に割り込んだ男は相変わらず同じ態勢をとり続けており
前例寄りに集まる家族連れとは距離を置いて、ポツンと上段寄りに座る男達の視線が妻に集中している事に気付いた…
そして、妻は…観覧席からの視線が気になるのか、もしかしたら『あの男達』からの視線を感じているのか、両手を後ろに回しその手でスイムキャップを広げ、尻を隠すようにしていた…
(そうだ綾子…見られてるぞ…そのまま隠していてくれ…)
そんな妻の仕草にほっと胸を撫で下ろした。
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