どれぐらい頭を抱えながら寝返りを繰り返していたかわかりませんが、急に寝室のドアをノックする音が聞こえ、私は一瞬ビクッと体を震わせましたが、妻がこちらに移動してきたのかと思い時計を見ると深夜3時になり始めた頃でした。
妻ならばノックせずにそのまま入ってくるはずだと思い返して、恐る恐る「…はい…」と返事をすると音を立てずにドアが開きました。
一瞬妻かと見間違えましたが、廊下の非常灯の薄明かりに照らされていたのは妻のスウェットを着た純子さんでした。
「…お話があります…」
幽霊のように暗闇に立ちすくみ消え入るような声で話す純子さんの姿に驚きよりも恐怖心すら感じて、慌てて電気をつけようとリモコンを探そうとすると、
「電気はつけないでください!」
と告げられました。
純子さんはそのまま寝室に入ってくると静かにドアを閉めました。
私は真っ暗な夫婦の寝室に純子さんと2人きりと言う現状が全く理解できずに思わず布団に正座をしてしまいました。
とりあえず、何かしゃべらないといけないと思い
「他の人はもう寝たんですか?」
と純子さんに聞いても純子さんは無視していました。
寝室の空気が一気に重苦しいモノになり、変な汗すら出てきましたが私が取り繕うように
「さっきはすみませんでした。誰にも言うつもりはないんで心配しないでくださいね」
と言うと
「どこまで知ってるんですか?」
と切羽詰まったような声で純子さんが答えてくれました。
とりあえず、無言のプレッシャーからは解放されてなんとか息をすることを許してもらったような気分になった私は
「わざとじゃないんですよ?たまたま純子さんとAさんが一緒に車に乗るところを見てしまって、それで申し訳ないと思いながらあとを追ってしまったんです」
と早口で訳のわからない言い訳をしてしまいました。
そんな私の反応を無視するように純子さんはまた同じ質問を繰り返してきました。
「…どこまで知ってるんですか?」
「え?どこまでって言うのは…?」
「車を見ただけなんですか?」
「いや…その…いや…」
私がどぎまぎして答えに詰まっていると、それ以上の事情を知っていると勘づいたのか、質問の内容が変わりました。
「どうしたいんですか?」
「え?」
「柚子さんが色んなことを知っているとして、私をどうしたいんですか?旦那にばらして離婚とかさせたいんですか?」
暗闇であまり表情がわからなかった上に私が完全にテンパっていたのでそれまでは気付かなかったのですが、純子さんの声は少し震えていることにその時気付きました。
私は慌てて
「まさか!そんな離婚させるなんて考えたこともなかったですし、それして私に何のメリットがあるんですか?」
少し声を荒げて答えました。
「じゃあ、誰にも内緒にしていてもらえるんですか?」
純子さんの声に一瞬生気が戻ったようでした。
そこで私は主導権はこちらにあることを思いだし、もう一度純子さんを落とすことを考えました。
「もちろん誰にも言いません。ただ純子さんみたいないい奥さんでいいママがなんで浮気なんかしてるのかと気になってしまって…」
「…それは柚子さんには関係ないお話です…」
「ですよね…。夫婦間の問題に他人が首を突っ込むものでもないですもんね…。ただ私もこのままだと何だかモヤモヤしてしまって納得できないんですよ…。」
純子さんは無言でした。
「もちろん誰にも言いません。その代わりといってはなんですが、私にもAさんと同じことをしてくれませんか?」
もう後には引けないと自分でも思いました。
純子
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