『21』
更に数日が経ち、暦の上では八月になっていた。
世間では夏休みだの盆休みだのと、浮わついている様だ。
とはいえ、本格的な暑い季節がやってきたのだ。
日中だけならまだしも、熱帯夜も連日の様に続いていた。
この日も、そうに違いなかった。
時刻は夕暮れ、辺りは暗くなりはじめている。
普通の会社員なら、もう帰宅している時間だ。
それは、この建物で経営している事務所も同じだった。
『牧元幸子法律事務所』
就業時間は過ぎ、既に明かりは消えて人の気配も無い。
この事務所の経営者、牧元幸子も本来ならそろそろ自宅に着き、家族の為に夕食を作っているはずだった。
しかしこの日の幸子は、自宅とは反対方向へ車を走らせていた。
それは、全く自分の意志では無い。
そうしなければ、何もかも失うかもしれないからだ。
憂鬱そうに運転をする幸子の表情が、全てを物語っていた。
そんな幸子の車の前を、一台の車が走っていた。
どうやら幸子を誘導している様だ。
白いセダン、一目で高級外車だという事が分かる。
こんな田舎では、なかなかお目にかかれない。
それこそ、会社を経営する者やその家族でもなければ無理だろう。
そう、この車を運転する人物とは典夫だった。
もちろん、これから幸子を弄ぶつもりだ。
就業時間が終わった後こそ、邪魔者が消えて幸子を独占出来るのだ。
だが、この日は少し違った。
普段は弥生を先に帰し、誰も居なくなった事務所内で行為に及んでいた。
ところがこの日、典夫は幸子にある指示を出したのだった。
(・・・一体、どこに向かうつもりなの)
結局、待ち受けているのは苦痛しか無いのだと分かってはいても、幸子は不安を感じずにはいられなかった。
約一時間、車は県内でも一番の都市部へとやってきた。
この辺りは、幸子も見覚えがあった。
何度も訪れている裁判所が近くにあるはずだ。
そう、忌まわしき淫獣、小倉と再会した場所だ。
今の状況では、思い出したくもない名前だが。
そんな事を考えていると、しばらく大通りを走っていた典夫は急に曲がり小道に逸れた。
幸子もそれに付いていく。
すると、幸子は典夫の狙いにようやく気付くのだった。
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