『6』
幸子は、グレーのスーツを脱いだ。
それをソファーの上に置くと、Yシャツの袖口にあるボタンを外した。
そして腕捲りをして、掃除に取り掛かった。
まずは、ティッシュの片付けだ。
大量のティッシュが、床に散らかっている。
その量の分だけ、幸子が汚濁液を浴びせられたという事だ。
全てを処分すると、次はバケツと雑巾を持ってきた。
飛び散った汚濁液が、至る所にこびりついているかもしれない。
これが悪臭の根源だ。
幸子は、床やデスクを入念に拭いた。
そのおかげか、ようやく臭いも消えはじめ、不快感は無くなった。
残る最後は、デスクの上にあった書類等の片付けだ。
デスクの上にあった物が、全て床に落ちている。
幸子は、その全てを元通りにしようと拾い集めた。
すると、幸子は室内の隅で光っていたある物を見つけた。
昨日、典夫にむしり取られた弁護士バッジだ。
この弁護士バッジは、弁護士としての誇りそのものだった。
ましてや自尊心の強い幸子なら、尚更だ。
幸子は弁護士バッジをギュッと強く握り締め、ポケットへと潜り込ませた。
約一時間程経ち、事務所内は以前と変わらぬ姿に戻った。
後は、デスクの下に落ちている書類等を拾い集めれば終わりだ。
書類をデスクの上に戻す幸子。
そして、最後に拾い上げたのは家族と一緒に撮った写真。
写真の幸子の笑顔が、今の幸子には酷だった。
しかも表面のガラスには汚れがこびりついていて、その汚れは幸子と家族の間に出来ているではないか。
それは恐らく典夫達の汚濁液が偶然飛び散ったものだろうが、何かを暗示しているかの様なその汚れは、持ち直した幸子の心情を動揺させた。
しかし、幸子はその汚れを強引に拭き取った。
家族の絆は誰にも奪わせはしない。
幸子の強い決心は、揺らぐ事は無かった。
幸子は、再びデスクの上に写真を置いた。
これで何もかも以前と変わらぬ事務所に戻り、誰が来ても昨晩ここで淫醜行為が行われていたなどと気付くはずも無いだろう。
とりあえずこれで大丈夫と幸子はホッと溜め息をつき、腕捲りをやめると袖口のボタンを閉めた。
だがそんな幸子に一息つく間も与えず、後ろから声を掛ける者がいた。
「ほぉ、随分キレイになったじゃないか。まるで昨日の出来事が嘘の様だな」
振り向いた幸子のすぐ後ろに立っていたのは憎き淫獣、典夫だった。
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