今日は少し時間があるので、続きを書きたいと思います。
彼の胸の中で、どれだけの時間泣いていたのか・・・
私はやっと落ち着きを取り戻しました。
家庭環境のせいか、幼少の時から感情表現が希薄で、あまり泣く事の
無かった私でしたが、彼と知り合ってからは、それまでの感情を
取り戻すかのように泣いてばかりいます。(嬉し涙・・・ですけど・・)
彼は私を席に座らせると、
「さぁ、食事にしよう。」
と優しく笑ってくれました。
「ごめんなさい・・・冷めちゃったね・・直ぐに温め直すから・・・」
「いや、このままで良い。充分暖かいよ。」
「でも・・・」
「良いんだ。本当にこのままで・・・」
「・・・ホントに良いの?」
「温度の問題じゃ無い。昌子の作った食事はとても温かいんだ。」
私達は冷めたカレーライス・野菜スープ、そしてシナビてしまった
サラダを食べ始めました。
ゴハンは所々乾いて固くなっていたし、サラダの野菜はシャキシャキ感
を失ってフニャフニャ・・・それでも彼は
「うん!やっぱり昌子の料理は美味しいよ。」
と言って前回と同じように食べてくれて・・・それが嬉しいやら申し訳が
ないやら・・・チョット複雑な気持ちでいましたが、不思議と私も冷めた
料理が苦になりませんでした。
それはきっと、彼と一緒だから・・・それとテーブルのすみに置いてある
桜の写真のお陰だったのかもしれませんね・・・。
食事が済み、後片付けを終えて、食後のお茶を飲んでいるとき、私は
彼にある事を聞いてみることにしました。
「ねぇ、あのお部屋にある黒い箱とケース・・・あれは何?」
「ん?黒い箱・・・?」
「ほら、本棚の横にある・・・」
「あぁ~、あれはエレキベースとアンプだよ」
「エレキベース?エレキギターじゃなくて?」
「そう、ギターじゃなくてベース(笑)」
「へぇ~・・・弾けるんだ?」
「これでも学生の頃はバンドをやっていたんだよ。その名残だね。
キツイ肉体労働のバイトで何とかお金を工面して、やっと買った
一本だから思い入れもあるしね。だから未だに手放せないで
残っているんだ。」
「ふぅ~ん・・・・バンドをね~・・・、今でも弾くの?」
「う~ん・・・たまに出して弾くことはあるよ」
そういう事に全く知識の無い私には、エレキベースと言う物がどういう
物か全然想像が出来ませんでしたが、彼が楽器を弾くと言うことに
凄く興味が湧いてしまい、
「ねぇ・・・チョット弾いて欲しいな~・・・だめ?」
「え~・・・弾くの?」
「お願い!ねっ!ねっ!チョットで良いから~・・・」
「う~ん・・・・昌子の知っている曲は、あまり弾けないよ?」
「知らない曲でも良いの・・・だからぁ~・・・ね!」
「・・・仕方が無いな~。ミスしても笑わない?」
二人でお部屋に移り、私はソファーに座って準備が終わるのを待って
いました。
彼はケースからか、かなり使い古した感のあるエレキベースを
取り出すと横にあるスタンドに、そのベースを立てかけました。
塗装は所々剥げているし、金属の部分にはサビも浮いて・・・
正直、綺麗とは言えない代物でした。
「ベースって4本しかないの?」
「え?、あぁ、弦の事かい?そう、ベースは4本。最近じゃ5弦の物
とかあるけど、基本は4本だよ。」
「ふぅ~ん・・・なんか凄く古そうだけど、大丈夫なの?」
「大丈夫って・・・ははっ、言ってくれるね。これでも現役バリバリだよ。
なんたってこの子は私と同い年だからね。」
「え・・・同い年?それって・・・・」
「1964年製、日本で言えば昭和39年。東京オリンピックの
年になるね。」
「そんな昔のなんだ~・・・」
彼は電源を入れたり、コードをつないだりして準備を進め、
そしてベースを肩から下げると、(ブーン・・・ボーン・・・)と音を出し
始めました。
「これはチューニングだから・・・曲じゃないよ」
「うん・・・」
「ふぅ~・・・・」
深呼吸すると、彼はベースを弾き始めました。
低音が身体に響いてきます・・・エレキと聞いて、もっとロックと言うか
攻撃的で刺々しい音を想像していたのですが、
太くて、柔らかくて・・・そして暖かい音色でした。
彼はメドレーで続けて何曲か弾いてくれて・・・・その中には私でも
聞き覚えのある曲が何曲かありましたが、曲名まで分かるのは
サザンの「愛しのエリー」だけでした。
でも、(あっ!この曲はあれだ!)と思っ曲があり、それは
先日観たばかりの映画(バグダット・カフェ)の主題歌でした。
彼は弾き終えると、
「ふぅ~・・・人前で弾くのは20年以上ぶりだから緊張した~」
と肩をコキコキと上下させています。
私は拍手しながら、
「すご~い!生のベースを聞いたの初めて!凄い!凄い!」
と、興奮気味にはしゃいでしまいました。
「あははっ・・・一杯ミスしちゃったよ」
とポリポリと頭をかいて、彼は照れていました。
その日以来、私は時々彼にオネダリしてベースを聞かせて
もらうようになり、
お陰で、お気に入りの曲も出来て、曲名も覚えてしまいました。
「ソング・フォー・ユー」「愛しのエリー」「ムーン・リバー」
「ビューティー・アンド・ザ・ビースト」「スウィート・メモリーズ」
「ローズ」そして「コーリン・ユー」
またまた、お話が横道にそれてしまいましたね・・・。
私は興奮冷めやらぬまま、お茶の後片付けをし、そして二人でお風呂
に入りました。
彼の背中を流しながら、もう一つ、気になっていた事があって・・・
勢いついでに聞いてみることにしたのです。
それは背中の左肩から斜めに二カ所、縫い傷跡があることでした。
さすがにチョット聞きにくかったですが・・・・彼は、
「あぁ、この傷のことかい?今日は質問攻めだね」
「・・・・ごめんなさい。言いたくない事なら・・・」
「いや、構わないよ」
彼の話では、その傷は神戸で受けた傷で・・・そう、あの震災の時・・・。
詳細はここでは書きませんが、その時たまたま通りかかった人に
助けられたそうです。それまでは血や傷を見ても何とも思わなかった
のに、それ以来、震災の事が思い出され、貧血を起こしてしまうように
なってしまった・・・。
彼の言っていた「自分もそうして助けられた一人・・・・」とは
その時の事だったのです。
「こんなに年月が経っているのに、その時のトラウマがなかなか
消えなくてね・・・・貧血と同時に背中の傷も痛むんだよ・・・
可笑しな話だろ?普段は痛む事なんか無いのに・・・。」
「・・・・ごめん・・・なさい。イヤな事を思い出させちゃって・・」
「いや、昌子にはいずれ話さないとイケナイと思っていたから・・・
それに知っておいて欲しかったんだ。私の事を。」
「うん・・・私の事も少しずつ、話すから・・・・」
「そうだね。お互いに少しずつ話していこう。」
昨晩とは違い、その日はお風呂から上がっても直ぐにはベットには
向かわず、チャンと寝間着に着替えて、寝るまでの時間をリビングで
過していました。
私達は今後の事を考えていましたが、お互いにその事には
触れませんでした。彼も私も、明確な判断が出来ずに居たからです。
私は、(とにかく、今は考えないで、この時間を大切にしたい・・・)
そう気持ちを切り替えることにしました。
「明日は仕事だから、少し早いけど、もう休もうか?」
「うん、そうね。もう休みましょ。」
私はベットに入ると、昨日とは打って変わって、何となく落ち着かない
感じがしていて・・・それは彼も同じでした。
昨晩は記憶が途切れてしまうほど愛し合ったのに、今日は
どうして良いのか決めあぐんでしまっていたのです。
彼の身体に寄り添いながら、
(彼は明日仕事だし・・・今日はユックリ休んでもらいたい・・・でも
お泊まりは今日まで・・・出来れば今日も・・・でも・・・)
モソモソ身体を動かしながら、決めかねている私に、
「昌子・・・眠れないのかい?」
「え?・・・・う~ん・・・でも大丈夫だよ。」
「もし、昌子が良ければ・・・・」
「でも・・・貴方は明日お仕事だし・・無理して欲しくないの。」
「愚息にお伺いを立ててみてはどうかな?」
「愚息だなんて・・・そんな・・・」
私は彼の胸に置いていた手を静かに下げていき、
そして、その一カ所で手が止まりました。
そこは、コンモリと盛り上がり、寝間着の上からでも形と熱さが
手に伝わって来ます・・・。
その瞬間、私の中で揺れ動いていた心の天秤は、
(彼を求め・・・受け入れたい)という気持ちに大きく倒れていきました。
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