『8』
二階建ての一軒家、事務所から十メートル程しか離れていない。
とりあえず菓子折りを持ち、事務所近辺には挨拶を済ませた。
最後に隣の一軒家に向かうと、表札には「西尾」と書かれていた。
「ごめんください」
玄関を開けると、幸子の声が家中に響いた。
しかし、応答は無かった。
「ごめんください。どなたかいらっしゃいませんか?」
再び声をかけたが、やはり反応は無かった。
鍵がかかっていなかったので、誰かしら居るだろうと思っていたがどうやら留守のようだ。
(不用心ね)
後日、また伺えばいいかと幸子は玄関を出ようとした。
すると玄関正面にある階段から軋む音が聴こえ、何者かが下りてきた。
二階から下りてきたのは男だった。
第一印象はあまり良いものではなかった。
体型は明らかな肥満体、百キロはあるだろう。
髪は薄く、顎には無精髭を生やしたその風貌から恐らく年上だろうと幸子は思った。
顔は無表情で何を考えているか分からないのも不気味だ。
しかも、平日のこの時間帯に家にいるという事も疑問だった。
まさか無職なのではないか、この男なら納得もできた。
今日の幸子の服装は、グレーのスーツとパンツ。
スーツの中は白いシャツ、パンツの中にはベージュのストッキング、靴は黒いハイヒールを履いている。
身体のラインが分かりやすい色合いで胸の盛り上がり、尻の突き出し具合は絶品だ。
「突然すいません。明日からお隣で個人事務所を開業させていただく弁護士の牧元といいます」
幸子はスーツの内ポケットに手を入れた。
丁度、豊かな膨らみを魅せる胸に密着していたスーツの内ポケットから名刺入れを取り出し、
「牧元幸子法律事務所 代表牧元幸子」
と書かれた名刺を男に手渡した。
「では、失礼します」
幸子は挨拶を終えて、家を出た。
だが、ある事に気付いた。
(あっ、菓子折り渡すの忘れてた!)
幸子は方向転換し、再び玄関の扉を開けた。
「すいません、これ渡すの忘れて・・・えっ!?」
幸子は、目に飛び込んできた光景に驚かずにはいられなかった。
男は、まだ玄関に立っていたのだ。
しかし、驚いたのはそこではない。
何と、その男は幸子が渡した名刺を鼻に押し付けて嗅いでいるではないか。
男も、幸子の存在に気付くと驚いた様子だった。
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