『63』
翌日、典夫は早朝から事務所へ来ていた。
焦る必要は無いのだが、この勝負の日にいてもたってもいられなかったのだ。
そして、典夫は早速トイレに入った。
昨日はトイレの広さの都合上、盗撮カメラの位置が悪すぎて幸子の陰部盗撮には失敗してしまった。
だが、改善する部分は簡単だ。
典夫は、盗撮カメラの隠し場所に使った床にある植木鉢を前へずらした。
つまり便器が障害になっていたのなら、その障害の無い場所まで移動させれば済む事なのだ。
「よし、これなら大丈夫だ」
しかし、元々は狭い為に後ろに置いていたので前にずらすと少し邪魔に感じた。
問題は、幸子がその異変に気付くのではないかという事だ。
身の危険を察知する嗅覚が鋭い幸子なら、それも考えられた。
典夫には、そうならない事を祈るだけだった。
すると、一階の駐車場に車の停まる音が聴こえた。
幸子だ。
典夫は受付に戻り、平常心を装った。
「カツカツ」
と階段を上るヒールの足音が聞こえると、扉が開いた。
「おはようございます」
「おはよう」
今日の幸子は、上が濃紺のスーツに中には白いYシャツ。
下が濃紺のスカートに中にはベージュのストッキング、それに黒いハイヒールといった出で立ちだった。
虫の知らせなのか、この日は幸子にとって御守りともいえる服装だ。
由英が護っている、そう感じずにはいられない。
そんな事情を知らない典夫は、一段と幸子に卑猥な視線を送った。
(さぁ、早くトイレに行くんだ!)
尿意を促進する薬をコーヒーに混入させる事も考えたが、幸子の事だ。
その異変に気付く可能性もある。
そうなれば幸子も警戒し、計画が全て台無しだ。
典夫は、いつも以上に大人しく行動した。
だが、実は幸子はそれに違和感を感じていた。
普段の典夫との微妙な違いに、幸子は気付いていたのだ。
嵐の前の静けさとは良く言ったものだ。
何かの前触れでなければいいのだが。
しかし、幸子はそれ以上勘繰るのを止めた。
それには理由があった。
実は、迫っていた典夫の契約期間を延長しようと考えていたのだ。
何故思い止まったのか、それは罪悪感があったからだった。
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