『60』
典夫は、残った最後の作戦を決行する事にした。
これで駄目なら、もう可能性は無いかもしれない。
その後、昼食時になると幸子は外出をした。
仕事の打ち合わせと話してはいたが、実際は典夫と二人きりの空間で食事をする事を嫌ったのだろう。
だが、幸子のこの行動は典夫の計算通りだった。
典夫はある物をバッグから取り出し、最後の作戦に取り掛かった。
それから午後になり、幸子は戻ると通常通りに仕事をした。
そして、幸子にとって待望の帰宅時間になった。
憂鬱だった典夫と二人きりの空間から、ようやく解放されるのだ。
幸子は帰り支度をすると、すぐに事務所を出ようとした。
「それじゃあ、戸締まり頼むわよ」
典夫にそう言うと、幸子は事務所を出た。
いつもは弥生に任せていたので安心だったが正直、典夫に戸締まりを任せるのは不安だった。
しかし、これは典夫から言い出した事なのだ。
率先してやるというのであれば、幸子も断る事は出来なかった。
幸子は車に乗り込むと、家族の待つ自宅へ向かった。
その幸子の車が見えなくなるのを、典夫は二階の窓から覗いていた。
幸子はもう戻ってこないだろう。
そう確信した典夫は最後の作戦が成功した事を祈り、トイレへ向かった。
もちろん、女子トイレだ。
扉を開けると、芳香剤の香りが典夫の鼻に入り込んだ。
広さは事務所の間取りの都合上、畳一畳分も無い程で少し狭い印象だ。
だがその中には、窮屈による嫌悪感を少しでも解消しようとした幸子の工夫が加えられていた。
窓には植木鉢に入れられた花が飾られてあり、床にも同じように置いていたのだ。
少しでも華やかさで紛らわそうとしたのだろう。
そして典夫は、床に置いてある植木鉢を調べはじめた。
花をどかすと、ある物を手に取った。
盗撮用の小型カメラだ。
そう、典夫の最後の作戦とはトイレで排尿、排便をする幸子を盗撮する事だったのだ。
これも脅迫材料としては十分だった。
世間にその映像をばら蒔くぞと脅せば、抵抗も出来まい。
そんな映像が世間に知れ渡れば、幸子の弁護士生命は終わりだ。
それだけではない、家族も一生世間の目を気にして生きていかなければいけないのだ。
幸子であれば、家族をそんな辛い目に合わせるわけがない。
つまり、典夫の言いなりになるしかないというわけだ。
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