『7』
「分かりました。では、こうしませんか?とりあえず一年契約というのは。一年、典夫の働きぶりを見ていただいて良ければその後も継続、不満ならそこで終わり。もちろん、それで顧問弁護士を辞めていただくという事はありません。何なら契約書を作ってサインしたっていい。・・・先生、お願いします。私は只、息子の夢を叶えてあげたいだけなんですよ。あなたの元で働けば多くの事を学べるはずだ」
頭を下げ、懇願する清蔵を見て幸子は決断した。
「大橋さん、頭を上げてください。・・・負けました。息子さんはここで働いてもらう事にします」
「えっ、本当ですか!?ありがとうございます!」
どうしても引っかかったのは、子供を想う親の気持ちだった。
幸子は随分、家族に迷惑をかけた。
何度、晶に寂しい思いをさせたのだろう。
そんな今の幸子に、断る事など出来るはずがなかった。
それに、顧問弁護士になれば全ての不安要素が解消されるのだ。
二人を雇っても、御釣りが十分返ってくる程の利益があるはず。
典夫の存在も、弥生がいればさほど気にする事でもない。
何より、事務所経営が上手くいく事で家族との生活は約束されるのだ。
それが全てだった幸子に、最早迷う必要は無かった。
そして交渉が成立すると清蔵は幸子に挨拶をし、自分の車に乗り込み去っていった。
とにかくこれで全ての準備が整い、事務所開業まで残り数日となった。
それから数日経ち、開業日が翌日に迫った幸子は事務所にいた。
全てチェックを終えて、後は翌日を待つだけだったが忘れていた事が一つあった。
それは、ご近所周りの挨拶だった。
事務所の準備に追われて今まで後回しにしていたので、本日済ませる事にしていた。
第一印象が大事な弁護士にとって、ご近所周りの挨拶は重要だ。
道路沿いに建てられた事務所の周りはこうだ。
後ろには事務所が崖下にある為、コンクリートの擁壁が並んでいる。
高さは、十数メートルはあるだろうか。
道路を挟んだ向かいには五階建てのビルがあり、数年前まで建築会社が入っていたらしいが今は空きビルになっている。
そして、事務所正面から見た右隣は空き地だった。
元々は事務所の土地も空き地だったが、幸子はこちらの土地を選んだらしい。
建物が建ち並ぶ街中であっても、事務所に隣接する建物は少なかった。
だが、左隣には一軒家が建っていた。
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