『57』
七月下旬、『牧元幸子法律事務所』が開業して一年が経とうとしていた。
早いようで永かった一年。
幸子にしてみれば、仕事と家族との生活に関しては充実していてとても早く感じただろう。
しかし、それ以外の出来事に関してはとても永く感じさせた一年だった。
この一年で様々な淫獣との出会いがあった。
更に、その嫌な流れに呼応するかのように悪質なストーカー達まで現れたのだ。
家族の存在がなければ堪えれていなかったかもしれない。
幸子はこの日も家族の事を思い出し、仕事に励んだ。
そして、そんな幸子を典夫は常に近くで視姦していた。
だが、その典夫も最近は心中穏やかではなく焦っていた。
以前、幸子から聞かされた一年間の契約期間が迫っていたのだ。
今までの働きぶりを見れば、このままでは契約更新が難しい事は一目瞭然だ。
それは典夫にも分かっていた。
何とか働きぶりをアピールしようとしてきたが、やはりどうしても幸子の魅力には勝てず、仕事が手につかなかったのだ。
初めは、じわじわと追い込んでいくという計画を楽しんでいたが、事務所を辞めてしまえばそれすら困難になってしまう。
その為、典夫は何とか打開策を模索してきたが、やはり幸子は難攻不落だった。
全くといっていいほど隙を見せず、典夫では相手にならなかったのだ。
(くそ!目の前に居るのにこのまま終わっちまうのかよ!)
典夫は、ただ指をくわえて幸子を見る事しか出来なかった。
しかし、そんな典夫に思わぬ出来事が待っていた。
弥生は、スッと立ち上がると幸子の元へ向かった。
「先生、ちょっと宜しいでしょうか?」
「えぇ、どうしたの?」
「あの、来週なんですが二日間程お休みをいただけないでしょうか?」
「・・・いいけど、何かあったの?」
「実は大学の先輩に弁護士をやってる方がいて。その人から先日、『うちの事務所の見学に来ないか』って誘われまして」
「なるほど。その事務所の見学に行ってみたいわけね」
「はい。何でも〇〇法律事務所という所に務めているそうなんです」
「えっ、〇〇?そこって優秀な弁護士が多いって有名な事務所じゃない。もちろんいいわ、行ってきなさい。そこならあなたもいい刺激になるはずよ」
弥生の将来を考えれば当然だった。
だが、この選択は幸子にとって全ての過ちになるのだった。
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