『56』
「まぁ、そう警戒するな。今、お前をどうにかしようなんて考えていない。俺はこれからすぐ事務所に戻る。しばらくは会えないだろう。お前との将来の為に俺もやらなければいけない事があるからな。・・・だがなぁ、幸子。俺から逃げれると思うなよ。待っていろ。お前が俺のものになるのはもう時間の問題なんだからな」
身勝手な発言に、幸子は怒りが込み上げていた。
とはいえ、今ここで幸子には何も出来ないのが現実だ。
幸子は怒りを堪え、その場を後にした。
恐怖と屈辱が入り交じり、幸子は自然と歩く速度が速くなっていた。
「あっ、牧元せんせ・・・」
座敷で幸子を待っていた女には目もくれず、バッグを取るとそのまま料亭を出た。
車を走らせ自宅へ向かう車内、幸子は自身に向けられていた小倉の淫らなあの視線が頭から離れないでいた。
ようやく自宅に着き、夕飯の支度をしていると由英が帰宅してきた。
「あれ、今日は随分早いな。仕事は大丈夫なのか?」
「えぇ。今日は早く終わったの。それより見て。今日はご馳走よ」
「おぉ、本当だ。どうした幸子?今日は何か良い事でもあったのか?」
「えっ?えぇ、ちょっとね」
その後、晶も帰宅すると家族で夕飯を食べた。
もしかしたら小倉は家族をも巻き込んでしまうのではないか、幸子はそんな不安が消えないでいた。
しかし家族の笑顔を見て、幸子は決意した。
どんな事があっても家族は自分が守ってみせると。
幸子は家族の会話に参加すると、いつもの様に笑顔でこの空間を楽しんだ。
だが、幸子はまだ知らなかった。
これからドミノ崩しの様に永遠と続く地獄の日々が、もう目前に迫っている事に。
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