『53』
とにかく、この男と二人きりにならなければあんな屈辱を味わう事はない。
悔しいが、それが唯一の対処法だ。
幸子は、小倉達に構わず車に乗り込もうとした。
だが、小倉は簡単に幸子を帰そうとはしなかった。
「あっ!僕達、今から昼食なんだけど。せっかくだから一緒にどうかな?近くに美味しい料亭を知ってるんだ」
「結構です」
「そんな事言わずにさ。この娘、君に憧れて弁護士になったんだ。以前、君がマスコミに出てた時に見ていたらしいんだけど。第一線で活躍する君は女性の憧れの的らしい。そんな君から色々話が聞けたらこの娘も参考になると思うんだ。ね?」
「はい!牧元先生さえ良ければ是非!」
もちろん、小倉の本当の狙いが別にあるのではと疑わずにはいられない。
しかし若手弁護士には一日でも早く成長してもらいたい、幸子が常々願っている事だ。
小倉はどうであれ、この女の真っ直ぐで純粋な目は幸子の心を揺さぶった。
「駄目ですか?・・・」
「・・・そうね。じゃあ、ちょっとだけなら」
「本当ですか!?ありがとうございます!」
結局、小倉の狙い通りになった様で気に入らないが、少しだけという約束で幸子は付いていく事にした。
小倉が車で先導し、幸子は後ろを付いていく。
黒いセダンのその車は、見るからに高級外車だと分かる。
数分走らせると、小倉の言っていた料亭に着いた。
そこは木々に囲まれ、街中にあるにも関わらず閑静な雰囲気があった。
高級料亭とは、こういう所を言うのだろう。
座敷に案内されると、テーブルを挟んで幸子の向かいに二人が座った。
着くなり小倉の存在を無視して、幸子は今までの経験を女に話した。
小倉の知人の娘だという女も、熱心に話を聞いている。
すると、小倉がスッと立ち上がった。
一瞬、身構えたがどうやら余計な心配だった。
「事務所に電話を掛けるのを忘れていたよ。ちょっと失礼」
小倉は座敷を出ると、姿を消した。
その後も、女は熱心に幸子の話を聞いていた。
どうやら、ここまで来た甲斐はあったようだ。
小倉の姿が見えないが、恐らく外にでも出ていったのだろう。
「ごめんね。ちょっと御手洗いに行ってくるわ」
幸子は積極的に質問してくる女を制止して、立ち上がるとトイレへ向かった。
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