『52』
夢でも幻でもない。
目の前に小倉がいるのは紛れもない現実だ。
「・・・何故、あなたがここに」
幸子は、その言葉しか出てこなかった。
弁護士界の中でも顔が広い小倉なら、いずれは居どころも突き止められるだろうと覚悟はしていた。
だが、まさか一年も経たない内に知れてしまうとは・・・。
犯されそうになったあの忌々しい記憶が、幸子を襲った。
しかし、この張り詰めた空間に割って入ってきた人物がいた。
「小倉さん、どうしました?あっ・・・お知り合いの方ですか?」
声を掛けてきたのはスーツを着た女だった。
幸子より年齢は若いが、外見では遠く及ばない。
(この娘は?・・・)
小倉は、その女に答えた。
「あぁ、去年までうちの事務所にいたんだよ。牧元幸子くん、君も知ってるんじゃないか?」
「えっ!もしかして、あの牧元さんですか!?」
その女の幸子を見る目は、尊敬の眼差しだった。
だが、幸子にはこの状況をまだ理解できていなかった。
小倉は、幸子のその反応を見て話し掛けた。
「あっ、そうだ。何故ここに私がいるのかと聞いていたね。まず、この娘は私の知人の娘なんだ。そして、実はこの娘も僕らと同じ弁護士なんだよ」
「えっ、弁護士?」
とりあえず、この女の素性は分かった。
「この娘は今年から弁護士として働いているんだ。この近くに務めている事務所があるんだけど、私も知人の娘だから気になってねぇ。様子を見に来てみたら丁度この娘も時間が空いていて。それで、ここの裁判所で行われている裁判でも見て勉強しようって事になったんだ。そうしたらその裁判の弁護士席に君がいるじゃないか。驚いたよ、本当に」
信じられないが、理には適っている。
しかし、解せないのは何といっても小倉の態度だ。
強姦未遂までした男が、何故これだけ平然とした態度で話し掛けて来れたのだろう。
あの出来事は無かった事にでもしようというのだろうか。
幸子は、沸々と怒りがわいてきた。
だが、幸子には何も出来なかった。
訴えた所で証拠は何も無い。
そもそも訴えて話を大きくすること自体、幸子には出来ないのだ。
小倉の態度も、それを見越しての事なのだろう。
そう思うとやはり目の前に現れたのは偶然ではなく、居どころを突き止められたと考えるのが自然なのかもしれない。
しかし、今の暮らしを邪魔されるわけには絶対にいかないのだ。
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