『51』
まるで裁判に勝てたのは自らの美貌を利用し、誘惑をしていたからだと言わんばかりではないか。
つまりこの男は、地方へ左遷させられた原因である幸子に対して大人気なく嫌味を言っているのだろう。
女を見下すこの態度は昔からの様だ。
もちろん、卑猥な視線も相変わらずだ。
幸子は、廣瀬のその発言の意図に気付いていた。
だがそれは、幸子にはどうしても許せない事だった。
以前から弁護士としての力量ではなく、見た目だけが注目されてきた。
そんな世間の目が嫌で、必死に努力してきたのだ。
裁判で廣瀬に勝てたのも、その努力の賜なのだ。
それを、ましてや同じ法律に携わる者の発言とは思えなかった。
「・・・お褒めの言葉、ありがとうございます。でも廣瀬さんもお元気そうで何よりです。心配してたんですよ、私のせいで地検に飛ばされたと聞いていたので」
売り言葉に買い言葉だった。
幸子も、普段ならここまで言わなかったはずだ。
恐らく、再び悩まされているストーカー達のせいでストレスが溜まっていたのだろう。
幸子のその言葉に、廣瀬は一瞬ムッとした表情を見せたがそれ以上言い返す事はしなかった。
さすがに大人気ないとでも思ったのだろう。
「ハッハッハ。やはりあなたに勝つのは一苦労だ。その勢いがどこまで続くか楽しみですよ。・・・あっ、そろそろ時間なので私はこれで。また、法廷で闘える日を楽しみにしていますよ。それじゃあ」
廣瀬は会釈をし、その場を離れた。
(こんな時に会うなんて、最悪だわ・・・)
沈む気分を何とか持ち直し、幸子は歩き出した。
(今は・・・三時ね。弥生ちゃんには悪いけど今日は早引きして帰ろうかしら)
久しぶりに早く帰って夕飯を作り、家族の笑顔を見れば嫌な事も忘れるだろう。
幸子はそんな事を考え、裁判所を出た。
しかしこの日、幸子を更に地獄へ落とす最悪な人物が目の前に現れた。
裁判所を出て、車に乗り込もうとした時だ。
「・・・久しぶりだね、牧元くん」
「・・・!?」
その声に、幸子は身体が凍り付いてしまった。
聞き間違いであると思いたかった。
こんな所にあの男がいるはずがない。
「・・・」
幸子は、強張った表情で恐る恐る後ろを振り返った。
やはり、聞き間違いではなかった。
そこに立っていたのは元上司であり、幸子を手込めにしようとした鬼畜な淫獣、小倉に間違いなかったのだ。
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