『50』
「いやぁ、見事な裁判でした。さすが負け知らずの女弁護士と言われただけはある」
「・・・あなた!?」
一瞬、誰かは分からなかったが幸子はその男の正体に気付いた。
廣瀬志郎(ひろせしろう)、年齢は幸子より十歳ほど上のはず。
職業は、幸子にとって商売敵ともいえる検察官。
都内の高等検察庁に務めていた検事、いわゆるエリート検事だ。
幸子が前の事務所にいた頃は、何度も法廷で顔を合わせて闘ったものだ。
そのエリート検事が何故こんな所にいるのか、実はその事には幸子も関わっていた。
その出来事は三年程前、ある刑事事件の裁判を担当した時だ。
幸子が弁護士側、そして検察側にいたのが廣瀬だった。
前評判では、検察側が有利だというのが大半の見立ての裁判だった。
幸子の事務所も、勝ち目はないと思っていたらしい。
そこで、事務所はまだキャリアの浅い幸子に任せたのだった。
実績のある弁護士を立てて、裁判に敗けてしまっては看板にキズがつくと考えたのだ。
しかし、幸子はその大半の予想を覆してしまった。
勝利を確信した廣瀬が油断していたというのもあるかもしれない。
だが、それ以上に幸子の負けず嫌いな性格が勝利に導いたのだ。
地道にあちこちを歩き回り、貴重な証言を手に入れての大逆転劇だった。
その結果、幸子の評価は一気に上がり『負け知らずの女弁護士』などと呼ばれるようになったのだ。
その一方で、逆に信頼を失ったのが廣瀬というわけだ。
勝って当然という裁判で敗れ、検察庁は面目丸潰れだった。
キャリアの浅い女弁護士に敗けたのだから当然だろう。
そして廣瀬はその責任を取らされ、地方検察庁へ左遷されたのだった。
あの後、廣瀬が地方へ飛ばされたという噂は幸子の耳にも入っていた。
まさかその場所が幸子のいる、この県内だったとは・・・。
「今日はここへ別件で来てましてねぇ。そうしたら聞き覚えのある名前を耳にしたもので。・・・先程の裁判、見せてもらいましたよ。いやぁ、相変わらず法廷内での姿は素晴らしかった」
「・・・そんな事はありませんわ。まだまだ未熟な身です」
「いやいや、本当に以前と変わらず見事です。特に・・・その美貌にはね。これでは裁く側も裁判どころではないはずだ」
そう言い、無遠慮に幸子の身体を眺めた。
幸子はその視線に気付いていたが、それ以上に無視できなかったのは廣瀬の発言だった。
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