『6』
「大橋さん、そういうお話であればお引き受けする事はできませんわ。あなたがどれだけ権力をお持ちか存じませんが、そんな事を認めてしまえば他の面接者に申し訳が立ちません」
幸子はムッとした表情を見せ、清蔵はすぐ弁解した。
「いや~さすが噂で聞いた通り、ご立派な方だ。・・・先生、私もね、あなたがこんな一方的なふざけた話に耳を貸すなんて思っちゃいませんよ。世の中、不正が罷り通るわけがない。それは重々承知していますよ。ですからね、一つどうでしょう。交換条件というのは」
「交換条件?」
「えぇ、うちの顧問弁護士になっていただく、という」
「えっ、顧問弁護士!?」
幸子は思わず、敏感に反応してしまった。
正直、弁護士として顧問弁護士の仕事はおいし過ぎる話だからだ。
弁護士といえど、誰もが与えられるものではない。
それも、黒い噂を除けば中小企業の中でも実績十分な会社だ。
幸子がこの田舎町で事務所を経営していく上での唯一の不安は、一気に吹っ飛んでしまう。
幸子は、自分の心が揺らいでいる事に気付いていた。
事務所を経営していくなら願ってもない話だ。
しかし、やはり了承するには腑に落ちない部分が多すぎる。
この大橋という男は本当に信用できるのか。
弁護士達の間でも知られている程の人物と手を組むのは、幸子の弁護士としてのプライドが許さない。
そして、何といっても幸子がもう一歩踏み出せない一番の理由は女としての危機感だ。
息子の典夫と父親の清蔵、共に淫獣の香りを存分に放ち、これ以上関わりたくないと思うのは当然だ。
決めあぐねている幸子を見て、清蔵はたたみかけた。
「先生、これは私の独り言と受け取ってください。・・・お恥ずかしい話なのですが、実は典夫がまだ小さい頃に妻とは別れましてな。男手一つで育ててきたのですが、どうも甘やかしすぎたようで。・・・それがどうしたのか、数年前にいきなり弁護士を目指したいと言ってきたのですよ。驚きましたが親としては応援してあげたいと思いまして。先生にもお子さんがいらっしゃるでしょう?親としての気持ち、お分かりになりませんか」
そんな情には流されまいと耳を傾けようとはしなかったが、やはり幸子には耐えられなかった。
幸子の頭の中に晶の顔が浮かび、清蔵の言葉を無視する事が出来なかった。
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