『5』
「社長さんが私に何のご用ですか?」
「いやいや、そんな警戒なさらずに。いくらあなたがお美しいからといって何もお付き合いしてくれとお願いしに来たわけではありませんよ」
大橋の言葉に反吐が出そうだった。
この男から一刻も早く立ち去りたい。
そう思っている幸子には、他にも理由があった。
黒い噂がある人物とは弁護士として関わりたくない、それ以外の理由。
やはり幸子だけに感じる危険な香り、淫獣の雰囲気が漂っていたのだ。
自分を見つめる瞳がどうにも淫らに思えてしまう。
ましてや評判の悪い人物なら尚更だ。
大橋は続けた。
「牧元さん。いや、牧元先生。実は、今回こちらに伺ったのにはある事情がありましてな。あなたを優秀な弁護士と見込んで、折り入って相談があるのですよ」
一体、どんな相談なのだろう。
幸子は嫌な予感がしてならなかったが、とりあえず聞く事にした。
「相談?何でしょうか」
「ん~、何と仰ったらいいのか。・・・そうですなぁ、単刀直入に言いましょう。今日、面接をされましたな?」
「え?、えぇ」
「その中に大橋典夫という者がいたと思うのですが」
「大橋?・・・えぇ確かに今日の面接に来ていましたけどそれが何か?」
「実は、それ・・・うちのせがれでしてな」
「えっ!?」
驚かないわけがない。
名字が同じだと思ってはいたが、まさかあの男と親子だったとは。
典夫はどちらかといえば細身、清蔵は中年太りの体型で髪も薄くいかにも社長らしい雰囲気だが何となく面影はある。
一瞬では、体型が違うので分からないだろうがじっくり見てみると似ている。
それに、清蔵は確か六十才位だったはずなので年齢的にも理解できる。
そして、何より同じなのは淫獣の香りだ。
幸子に送る卑猥な視線は、どちらも淫らで警戒せずにはいられない。
そんな驚く幸子の様子には構わず、大橋は更に続けた。
「驚かせてしまいましたかな。まぁいきなり、その父親が現れたらそうでしょうな。・・・牧元先生、相談というのはそのせがれの事なんですが」
「えっ?・・・息子さんが、どうかされたんですか?」
「・・・おたくの事務所で雇っていただけませんか」
「はぁ!?」
幸子は呆れてしまった。
どんな相談かと思えば、息子を雇ってほしいとは。
(これだから金持ちの考える事は・・・)
こんな話を承ける訳にはいかなかった。
※元投稿はこちら >>