『40』
「その辺にしてもらおうか?」
その声を聞き違えるはずがなかった。
優しくもあり逞しくもあるその声の人物は、間違いなく由英だ。
「あなた・・・」
幸子はホッとした表情で由英を見つめた。
「その手を離すんだ」
表情は変わらないものの、明らかに強い口調で二人を威圧する。
しかし、二人も負けなかった。
幸子という類い稀な女は、まず居ない。
既にいきり立った剛棒が二人の興奮度を表していた。
「ちょっとおっさん、何一人で盛り上がってんの?この女が俺達を誘ってきたんだぜ。なぁ?」
「あぁ。旦那の短少包茎じゃ満足できない、俺達にイカしてくれってな」
「あなた達、何言ってるの!」
由英がそんな事を信じるとは思えないが、聞くに耐えない言葉の連続に幸子は背徳心を感じていた。
「・・・言いたい事はそれだけか?ガキ共」由英が、その言葉で更に怒りが増したのは言うまでもない。
だが不良二人も、ここで幸子を譲るなど出来るはずがない。
「おい、あんま調子乗んなよ。先にあんたをやってからにするか、おっさん?」
二人は、由英に詰め寄っていく。
土木作業で鍛えられた由英の体は、衣服の上からでは確認できないだろう。
とはいえ、それなりにガタイのいい男二人が相手では厳しいに決まっている。
何より、自分の事で由英が傷付くのを見たくはなかった。
「あなた・・・やめて!」
一触即発の事態は時間の問題だった。
しかし幸子の願いが通じたのか、事態は急変する事になった。
「こら!お前達、こんな所でサボってたのか!」
向こうの廊下から叫びながら走ってくる人物は、どうやらこの学校の教師のようだ。
「チッ、おい行くぞ!」
二人は進入禁止の看板が掛けられてある扉を開けると、一目散に走り去って行った。
ジャージでガタイのいい姿は、恐らく体育教師だろう。
不良達でも手を焼いているに違いない。
「大丈夫ですか?あいつら何かしませんでしたか?」
「いえ、何も・・・」
その教師は幸子達に一礼すると、逃げた二人を追い掛けた。
その場は、一瞬にして静けさに包まれた。
ばつが悪そうな幸子は、何を話していいか分からなかった。
男に迫られる現場を由英に見られたのは、今回が初めてだったのだから当然だ。
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