『36』
「どうしたの母さん?この人、俺の担任の先生だよ」
「えっ!?」
驚くのも当然だ。
教師だと思ってはいたが、まさか息子の担任だったとは。
由英も続いた。
「お前は入学式に居なかったからな。知らなくても無理はないよ」
よりによって、こんな淫獣の雰囲気を醸し出す男が担任だったとは思いもしなかった。
とはいえ、普段会う機会などまず無いのだから深く考える必要もないのだろうが。
とりあえず、どんな男でも晶の担任であれば挨拶をしなければいけない。
幸子は冷静になると、男に挨拶をした。
「はじめまして。わたくし、晶の母です。いつも晶がお世話になっています」
こういった瞬時の対応は、さすが弁護士だ。
「・・・あぁそうですか。あなたが晶君の・・・。私は晶君の担任の進藤(しんどう)といいます」
進藤も挨拶をすると、更に続けた。
「という事は・・・旦那さん?」
由英を見て、進藤は聞いた。
「えぇ、はじめまして。晶の父です」
由英は会釈をした。
その時、幸子には進藤の表情が一瞬だけ曇った様に見えた。
だが、すぐ笑顔になると幸子に話し掛けた。
「そうだ。晶君に聞きましたけど弁護士さんなんですってね。凄いですねぇ」
「・・・いえ、それほどでも無いですわ」
幸子は素っ気なく返したが、その会話に晶が入ってきた。
「先生、何か困った時は母さんに頼んでください。安くしときますよ」
「何言ってるのよ、この子は」
晶の一言で、その場に笑いが起こった。
幸子の警戒心も少し和らいだようだ。
「そうだなぁ。でも確かに一人位は知ってる弁護士さんがいた方がいいよなぁ。・・・あの~、名刺って今ありますか?」
幸子に聞いた。
「え?、えぇ」
「じゃあ頂いてもよろしいですか?念の為に」
「・・・分かりました」
在って不憫な物ではない為、普段から仕事以外の時でも名刺は持ち合わせていた。
幸子は、名刺を取り出すと進藤へ手渡した。
「ありがとうございます。・・・牧元・・・幸子さんですか。なるほど」
その瞬間の進藤の浮かべた笑みに、何だか不気味な予感がした幸子だった。
「それじゃあ私はこれで。失礼します」
進藤は会釈をし、幸子達から去っていった。
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