『26』
「・・・そうね。じゃあ甘えちゃおうかな」
普段から、鍵は弥生に預けていた。
少しでも弁護士の仕事を学びたいという事で、営業時間が終わってからも一人で居残っていたのだ。
これも弥生を信頼しているからだろう。
典夫が出てから数分後、幸子も事務所を出た。
車に乗り込んだ後も、どうしても自然と辺りを警戒してしまう。
不安な気持ちを抱きながら、幸子は家族の待つ自宅へ車を走らせた。
しかし自宅へ向かう幸子の車を、遠く離れた場所から尾行する怪しい車がある事に幸子は気付かなかった。
一時間程で自宅に着き、空は暗くなりはじめている。
田舎の夜は街灯と民家の窓から漏れる明かりだけで、薄暗さが目立つ。
幸子は自宅前の庭に車を停め、降りた。
注意深く後ろを警戒しながらの運転だったが、どうやら尾行られている様子はないようだ。
(やっぱり私の考え過ぎよね)
フゥーと息を吐くと、笑顔を作って家の中へ入っていく幸子。
家族に不安な気持ちは悟られたくない幸子だった。
「ただいま」
「おかえり」
既に帰宅している由英と晶が、幸子を出迎える声がした。
「ごめんね、今ご飯作るから」
帰り道の途中でスーパーに寄り、色々買い込んだビニール袋を持ちながら幸子は台所へ向かう。
濃紺のスーツを脱ぐと黒いエプロンを掛け、Yシャツの手首のボタンを外して腕捲りをする。
普段は私服に着替えてから料理に取り掛かるのだが、この日はいつもより少し遅い時間になったらしくこのまま料理を作る事にした。
この日の晩御飯は少々簡単な料理だが、手際よく作っていく。
簡単な料理でも盛り付けを綺麗にするのは、こだわりだった。
二、三十分で作り終えると二人を呼び、この日の牧元家の晩御飯が始まった。
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