『25』
「ちょっと、大橋くん何してたの!?」
「いえ・・・ちょっと」
「・・・まぁいいわ。ねぇ電話の相手、どなたからだったの?」
「え?・・・いえ、聞いてませんでした」
「名前も聞いてないの!?何やってるのよ!」
幸子は、思わず声を荒げた。
今まで典夫に溜まっていたものが爆発したのだろう。
「・・・すいませんでした」
典夫は俯いたまま、それしか言えなかった。
さすがに言い過ぎたかと、幸子はそれ以上怒鳴る事はしなかった。
だが、やはり今後は全面的に弥生に任せようと幸子は思った。
「あっ、そういえば」
典夫が口を開いた。
「どうしたの?」
「いえ・・・大した事じゃないんですけど」
「いいわ。言って」
幸子の了解を得ると、典夫は話し出した。
「実はその電話、ちょっとおかしかったんですよ。何か声が・・・機械で加工したような」
幸子は、その言葉に敏感に反応した。
「えっ!?」
忘れるはずがない。
まだ、あれから数ヶ月前の事だ。
幸子が一人暮らしをしていたアパートの荒らされた部屋の中、機械で加工した声の電話。
そう、小倉だ。
まさか、もう居場所がバレたのだろうか。
いくら何でも早すぎる。
幸子の表情がみるみる内に曇っていく。
「先生、どうしました?」
弥生の言葉に、ハッと我に返った幸子は
「な、何でもないわ・・・とにかく、行ってくるから」
そう言い残し、事務所を出た。
(まだ分からないわよね・・・嫌よ。絶対にこの生活だけは失いたくない)
幸子は必死に平常心を保ち、車を走らせた。
空は夕暮れ、営業時間も終わって後片付けをしていた。
幸子は既に事務所へ戻っていた。
その後の幸子は、どこか上の空だった。
もしかしたら今、この瞬間も小倉がどこかで見ているのではないかと思うと仕事に手がつかなかったのだ。
「先生、営業時間も終わりなんでそろそろ帰ってもいいですか?」
言ったのは典夫だ。
「え?・・・あ、そうね。いいわ」
先に帰るなんて、本来なら注意する所だが今の幸子はそれどころではなかった。
「先生、ちょっとお疲れなんじゃないですか?後は私がやっておきますから、もう帰られた方がいいですよ」
幸子は、弥生の気遣いに甘える事にした。
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