『21』
そんな笑顔に満ち溢れた幸子が車に乗り込もうとした時、一台の白い軽トラックが隣に停まった。
降りてきた人物を確認した幸子は、一瞬で笑顔が消し飛んだ。
「あれ、牧元の奥さんじゃないですか。どうしたんですか?」
そう言って話しかけてきた男の顔は、何故か嬉しそうだった。
「あぁそういえば車、故障したんだっけ?」
「えぇ、まぁ・・・」
幹部クラスに与えられる車はセダンやジープ等、少々値が張る車だった。
この男が乗ってきた軽トラックを見れば、幹部クラスで無い事は一目瞭然だ。
外見はヒゲが濃いという事以外、これといって特徴が無い。
幸子以外の者なら、一度や二度会っただけでは記憶に残らないのかもしれない。
長野治(ながのおさむ)、四十五才、由英と同い年の同僚だ。
ほぼ同時期に入社した事もあり、由英とは二十年以上の旧知の間柄ともいえる。
だが、幸子にはこの男を受け入れる事が出来ない事情があった。
やはりこの男にも典夫や西尾達と同等の淫気の香り、淫獣の疑いがあったのだ。
初めて会ったのは結婚式の時。
由英の関係者席には、会社内の仕事仲間が大勢いた。
他の者達も自分を見つめる視線はどこか違うものだと感じていたが、長野の視線は卑猥そのものだったのだ。
それから何度か会う機会があり、幸子が単身赴任をしてからも戻ってきた時に数回会ったが極力関わらないようにしていた。
その後、幸子がこちらに戻ってきてからは一度も顔を合わせていなかった。
それにしても、せっかく由英との楽しかった空間の余韻に浸っていたところなのに・・・。
幸子は少し不機嫌になった。
そんな幸子の心情に気付くはずもない長野は、会話を止めなかった。
「いやぁそれにしても久しぶりだなぁ。いつ以来だろう・・・相変わらず綺麗だね」
そう言って幸子を眺める目は、淫らなものに見える。
しかし、由英の同僚となれば幸子も無下には出来なかった。
関わらなければ警戒する相手でもないのだが。
それと長野は、典夫や西尾とは違う境遇にいた。
長野には、家庭があったのだ。
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