『3』
他の面接者を残し、弥生でほぼ決まりだったがとりあえず面接を全て終わらせなければいけなかった。
そして、幸子の予想通り残りの面接者には弥生を上回る人物は現れなかった。
しかしある意味、幸子に一番強い印象をあたえたのは弥生では無く、他にいた。
その人物は最後の十人目。
大橋典夫(おおはしのりお)、三十五才。
部屋に入ってきた瞬間から他の男とは違うと感じた。
それは幸子だけが感じる危険な香りのする男、淫獣のものだった。
大橋以外に面接を受けにきた男もいて、卑猥な視線は幸子を襲っていた。
だが、この男だけは特別だった。
例えるなら、長きに渡って幸子を苦しめた男、小倉と同種の香りだった。
(・・・嫌な感じだわ)
早く終わらせるに限る、そう思い幸子は短めにしようと考えた。
「うちを選んだ動機は?」
履歴書を見ながら話しかけた幸子だが、大橋からの返答は無かった。
異変を感じ、幸子は大橋を見た。
すると、大橋は幸子をまじまじと見つめているではないか。
「なに!?」
幸子は苛立ち、大橋を睨んだ。
「あっ、いえ別に・・・」
ようやく幸子から視線が外れた。
(何なの、気持ち悪い)
幸子は益々この男を嫌悪し、より一層早く済ませようとした。
結局、大橋との面接は五分程で終わらせた。
特に資格がある訳でも無く平凡、それでいて今回の面接者の中で一番やる気が感じられないのだから当然だ。
せっかく弥生という素晴らしい人材を見つけた矢先に、こんな男と出会ってしまうとは。
幸子は気分が沈みそうになったが、どうせ今日限りなのだからと切り換える事にした。
合否は後日、連絡する事にして面接者達はとりあえず帰らせた。
といっても、やはり弥生以外に考えられなかった。
(彼女なら任せられるわね)
スタッフも決まり、これで本当に事務所を開業する事が出来る。
不安もたくさんあるが、幸子は内心ワクワクしていた。
その後、面接者達が帰ってから幸子はしばらく資料の整理をした。
時刻は外の夕陽が沈む頃になっていた。
(そろそろ帰って夕飯作らなきゃ)
少々、時間をかけ過ぎてしまった幸子は急いで帰る事にした。
鍵を閉じ、階段を下りるハイヒールの足音がカツカツと響いている。
そして、一階の駐車場に停めてある紺の軽自動車に幸子が乗り込もうとした。
その時、幸子は後ろからある人物に声を掛けられた。
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第二章 妻として、母として