『20』
自分がプレゼントしたスーツを大切にしてくれている、それを聞いた由英が当然嬉しくないわけがない。
だが実は、由英の真意は違っていた。
「お前の気持ちは嬉しいよ。でも、俺は普段から着てくれてた方がもっと嬉しいかな。せっかく似合うのに着ないのは勿体無いだろ。またスーツが傷めば新しいのを買ってあげるから、な?」
もちろん、幸子が素直に由英の想いに応えたのは言うまでもない。
そして今日、由英が途中まで一緒に乗車するという事でこの日に決めたのだった。
パジャマを脱ぐとシルク生地でレモン色のブラジャー、コットン生地で白と水色が交互に並べられたチェック柄のパンティの下着姿が現れた。
その下着姿から白いシャツとベージュのストッキング、その上に濃紺のスーツとスカートを着込み化粧を塗ると完成だ。
幸子は、由英の所へ向かった。
「あなた、どうかな?」
「・・・うん、凄くいい。似合ってるよ幸子」
その言葉で、幸子の顔はほころんだ。
今後は、積極的に着ようと思う幸子だった。
「それじゃあ晶、戸締まり頼むわね」
幸子のその言葉に晶が返答すると、二人は家を出た。
幸子の紺色の軽自動車に乗り込み、十分ほど車を走らせた。
幸子の事務所へ行く通り道から少し道を外れ、その先の山道を登った所に由英の勤める土木会社の事務所があった。
山中に一軒だけ建つ事務所の周りは木々が並び、自然に囲まれた良い場所だ。
事務所前の駐車場に車を停め、二人は一時の別れを惜しむように言葉を交わした。
「じゃあ行ってくるよ」
「えぇ、いってらっしゃい」
その場でキスをしてしまいたいという衝動を抑え、由英は車を降りた。
事務所へ向かう由英の後ろ姿を見守り、幸子は車を出そうとした。
しかし、後部座席にある物を発見した。
幸子が作った由英の弁当だ。
幸子は弁当を持つと車から降り、由英の元へ駆け寄った。
「あなた、お弁当忘れてるわよ」
「えっ・・・あっ!本当だ。俺とした事が、お前の作った弁当を忘れるなんて。よっぽどお前と離れるのが名残惜しいんだな」
「もう、あなたったら」
そんな冗談めいた言葉でも、由英に言われるなら嬉しかった。
「じゃあ、これで本当に行くよ」
「えぇ」
由英が事務所に入っていくまで見届けると、幸子は車へ戻った。
こんなに幸せな気持ちになるなら、毎日でも由英と出勤したいと思った。
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第二章 妻として、母として