『19』
八月の空、最近は毎日のように快晴が続き夏真っ只中だ。
そんな真夏の牧元家の朝、幸子はいつものように家族より早く起きて朝食の準備をしていた。
心なしか、表情は弾んでいるように見える。
その理由は家族との生活に満足しているという事もあるが、実はそれだけではなかったのだ。
事務所開業から一ヶ月程は、大橋物産の顧問弁護の仕事しか無かった。
それが、今では他の仕事も舞い込んでき出したのだ。
とはいっても法律相談などが主で、大きな案件はまだ無かったが。
それでも、顧客も少しずつ増えてきている。
これもわざわざ挨拶回りをした結果であり、幸子の名前が知れ渡ってきたという証拠でもあった。
家族との生活、それに加えて仕事も順風満帆となれば朝から幸子の機嫌がいいのも納得できる。
「おはよう、幸子」
由英が起きてくると、それに続くように晶も台所に現れた。
いつものように家族との朝食は、仕事前の幸子に活力を与える十分な時間だ。
朝食を終えると幸子は寝室へ向かい、着替え始めた。
いつもは由英と晶の方が早く家を出るのだが、この日は違った。
普段、由英は会社の車に乗っていた。
田舎町の小さな土木会社だが、三十人程は働いている。
その土木会社に約二十年以上仕えてきた由英は、社内では古株で幹部クラスの扱いを受けていた。
とはいってもスーツを着てデスクワークをしているわけではなく、作業着で土木作業の現場監督を任されていた。
そして、この会社では幹部クラスの者に車を与えていたのだ。
もちろん、普段乗り回すのは禁止だが車を与えられるという事は会社から評価された証ともいえる。
その車が昨日、作業中に故障してしまったらしい。
どうやら今日中には直るらしいが出勤時には間に合わないので、朝だけ幸子に会社の事務所まで送ってもらう事にしたのだ。
寝室のクローゼットから幸子が選んだこの日のスーツは、濃紺のスーツ。
このスーツは、由英が幸子に買ってくれた思い入れの強いものだ。
何かの記念や大事な日にだけ着るはずだったこのスーツを何故幸子が選んだのか、それは由英の要望があったからだった。
幸子が戻ってきてから濃紺のスーツを着たのは、面接日と開業初日の二回だけ。
それ以降見ていない由英は疑問に思い、幸子に聞く事にした。
そこで、幸子の想いを知る事になったのだ。
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