『10』
「もしかして、こちらの弁護士さん?」
「え?、えぇそうですけど」
「昨日はわざわざありがとうございました。あんな高級そうなお菓子をいただいちゃって」
どうやら、この家の人物に間違いないようだ。
「すいませんねぇ、いつもあの時間は夜まで仕事なもので家にいないんですよ。息子が失礼な事しませんでした?」
「えっ、息子?」
「えぇ、私の息子です。佳彦(よしひこ)っていうんですけどね。あれでも三十三になるんですよ。見えないでしょ?」
幸子は苦笑いで誤魔化した。
しかし、まさか自分より年下だったとは驚いた。
確かにこの女の旦那にしては若いし、顔も似ているかもしれない。
幸子はそこから、何故かこの女の愚痴を聞く羽目になってしまった。
「うちの息子、働かないでいつもあぁして家にいるんですよ。前に勤めていた職場に馴染めなかったみたいで。ちょっと先生、説教でもしてもらえません?」
やはり幸子の予想通り、無職だった。
「まぁ私にも責任があるんですけどねぇ。随分前に主人が他界して、それから仕事にかまけてたもんだから息子と向き合う時間が無かったんですよ。・・・あっすいませんね、こんな話聞かせちゃって。弁護士だと思うと何でも話しちゃうわ」
親の心、子知らずとはこの事だ。
(全く、見た目通りの男ね)
幸子は怒っていた。
同じ親として、気持ちが分かる幸子にとっては許せなかった。
もちろん、自分も仕事を優先して晶には迷惑をかけたのだが・・・。
「あっもうこんな時間!仕事に遅れちゃうわ。それじゃあ先生、今後ともよろしくお願いします」
軽く挨拶を交わすと二人は別れた。
朝から気分の悪い話を聞いてしまったが、幸子は二階に上がり扉を開けるとその気分は一掃した。
真新しい事務所の雰囲気は、幸子の意欲を駆り立てるのに十分だった。
事務所内の見取り図はまず、入口のすぐ横には受付台がある。
入口から見て正面奥に幸子のデスク、その後ろには大きな窓が一面に並びブラインドが掛けてある。
そこが事務所のフロアというわけだ。
また入口から見て右は手前がトイレ、その奥が会議室。
左は奥にある幸子のデスクの横にソファーとテーブル、その手前には給湯室と本棚があった。
トイレは一応、扉が二つあり男女別々だ。
ここが、これから末永くお世話になるであろう幸子の事務所だ。
出勤時間が迫ってくると弥生、典夫がやってきた。
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