『4』
その人物も真っ先に幸子のいる台所へ向かった。
「あぁ~疲れた」
「おかえり、お風呂とご飯どっちにする?」
「お腹空いたから先にご飯にするよ」
牧元晶(まきもとあきら)、十六才、高校一年生で由英と幸子との間に生まれた一人息子だ。
現在まで反抗期もなく両親を尊敬している。
晶は部活でいつも六時過ぎに帰ってくるようだ。
台所にあるテーブルで食事をするのが牧元家の決まりで三人共、椅子に座るとようやく家族団欒の時間が始まった。
幸子にとってこの一時が何よりの楽しみなのだ。
会話の中心はほぼ晶が独占している。
学校であった出来事を楽しそうに話し幸子達も楽しそうに聞いている。
この空間だけは誰にも邪魔されたくない、幸子は常にそう思っていた。
食事を終えると晶は風呂に入り、由英はお茶を飲み、幸子は後片付けをはじめた。
皿洗いが終わると由英は幸子にもお茶を入れた。
「ありがとう」
家事も一段落し幸子は椅子に座ると今度は由英との夫婦の会話が始まった。
「お疲れさま、でも今度から忙しくなるぞ。今までの一人分の家事が三人分に増えるんだからなぁ。それでなくても弁護士は大変なのに」
「大丈夫よ。一人も三人も変わらないわ。それより私には家族が一緒にいれる事の方が大事なの」
「そうか、それならいいが。明日の荷物は準備したのか?」
「えぇ。心配ないわ」
実は現在、幸子は一人暮らしをしていたのだった。
ここから数百キロ離れた首都圏にある大手弁護士事務所に約十年勤めている。
今回は連休を使い事務所を確認する為に帰省し、明日戻る予定だった。
約十年、多くの裁判を経験し法的知識を身につけ自信がついた今、幸子は個人事務所を設立する事に踏み切ったわけだ。
いきなり思い立ったわけではない。
始めからゆくゆくは家から通える距離で個人事務所を始めようとしていたのだ。
今まで十年もの間、迷惑をかけてきた家族への懺悔の気持ちだった。
だからこそ、これからは今までの分を家族に精一杯尽くすつもりだった。
では何故、幸子がそこまでして弁護士にこだわったのか、そこが問題だった。
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