『35』
「あれ、牧元さん小倉さんどうしたんですか?」
その声のする方向は廊下からだった。
狭い通路を覗き込むように声をかけたのは幸子の後輩だった。
どうやら今来たばかりで一部始終の様子は見られていなかったようだ。
とにもかくにも幸子はその後輩の存在で救われた。
いくら小倉でも手出しは出来ない。
ホッと溜め息をつくと再び小倉を睨んだ。
そして、小倉にだけ聞こえる声で忠告した。
「今までの事は全て忘れてあげるわ。でも、これ以上またこんな事したら今度は絶対許さないわよ!」
幸子はその捨て台詞を最後に小倉から立ち去った。
「何かあったんですか牧元さん?」
「別に何も無いわ。行くわよ」
後輩を連れて足早に歩く幸子は小倉から受けた凌辱をただ見逃す事しか出来なかった。
まだ小倉に尻を揉まれた感触、あの醜悪に満ちた顔が残っている。
・・・気付くと幸子はアパートに戻ってきていた。
どうやって戻ってきたのかは覚えていない。
只、何も出来なかった悔しさに涙が溢れそうだった。
しかし、小倉の言う通り今回の出来事を家族に知られる訳にはいかず、公にする事は出来なかった。
とはいえ、ここまで身体を弄ばれたのは初めてだった。
今までどんな男にも対抗してきた幸子にとってはショックが大きかった。
だが、幸子はこの先に幸せな生活が待っているであろうと落ち込んだ気持ちを奮い立たせた。
その為に小倉という凶悪な淫獣を見逃す事までしたのだ。
誰にも知らせていないのだからしばらくは居場所も気付かれないだろう。
万が一また目の前に現れた時には容赦はしない、そう心に誓い幸子は眠りについた。
翌日、幸子の住むアパートには引越し業者が来ていた。
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