『28』
ホールを出て廊下を少し進んだ先の突き当たり、そこを曲がるとギリギリ二人通れる位の通路がありトイレはその先にあった。
気になったのはこの周辺を貸し切っているからなのか高級ホテルの割に人はおらず従業員の姿もなかった。
照明も心なしか薄暗く感じ、ホールの騒音がわずかに聴こえてくるだけで静けさが目立っていた。
何か不気味な雰囲気を感じ胸騒ぎがする。
幸子は早く済ませ、そそくさとトイレを出た。
すると、狭い通路に何者かが立っている事に幸子は気付いた。
幸子の嫌な予感は的中してしまったようだ。
立ちはだかったのはやはり小倉だった。
片手にまだ飲み干していないワイングラスを持ち壁に寄りかかっている。
その様子からどうやら小倉は酔っていると推測した。
何を考えているか分からないが幸子は構わず小倉の横を通り過ぎようとした。
だが、通り過ぎる寸前だった。
「君がいないと寂しくなるなぁ。考え直してくれないかな?」
「すいません。もう決めた事なので」
幸子は未練がましい言葉にも相手にしなかったが小倉は諦めきれないようだ。
「本当に惜しいよ。君みたいな女性は何処にもいない」
幸子の身体を舐めるように視ている。
「それは弁護士としてですか?」
小倉の無遠慮な視線に幸子は苛立った。
「もちろん弁護士としてさ。君は優秀で何度も難しい裁判を勝訴にしたんだ。何といっても法廷で戦う君の姿は美しく見事だった。傍観者はもちろん、検察官や裁判官、法廷中の全ての人間を虜にしたんだからね」
まるで裁判に勝てたのは色気を使っていたからだという言葉に聴こえた。
「何が言いたいんですか!?」
幸子自身、そんな色眼鏡で視られる事を嫌い必死で努力した。
だからこそ、そんな事を言われるのが許せなかった。
「いやいや怒らせてしまったね。僕が言いたかったのは君の魅力はそれ程、素晴らしいという事だよ」
(何なの、この男!?)
いくら酔っているとはいえ小倉の言動はセクハラに値するものだ。
幸子の怒りは収まらなかった。
しかし、酔っているせいか小倉の様子はいつも以上におかしく、いつまでもこんな場所に小倉と二人きりでいる訳にはいかなかった。
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