『27』
その後、小倉の乾杯の一言で送別会が始まった。
幸子の周りには人だかりができていた。
淫らな視線を送る輩もいたが幸子は無視して他の仲間達と会話を楽しんだ。
「やっぱり牧元さんが居なくなると寂しいなぁ。絶対遊びに来て下さいね」
「えぇ約束するわ」
幸子を惜しむ声は絶えなかった。
「今度は〇〇県に行くんですよね?」
「えっ?・・・えぇそうよ」
幸子は動揺した。
その場所は幸子の家とは真逆だったからだ。
何故そんな嘘をつかなければいけないのか、その理由はある人物を警戒しての事だった。
その人物とはもちろん、小倉だ。
ようやく小倉という危険人物から解放され、待ちに待った家族との生活が始まるというのに小倉に行き先が知れたらどんな行動に出るのか幸子は不安だった。
その為には小倉だけでなく全ての人間に嘘の場所を教えなくてはいけなかった。
信頼する仲間まで騙すのは心苦しかったが全ては家族との時間を取り戻す為。
恐らく、小倉の力を持ってすれば幸子の場所が知れるのは時間の問題かもしれない。
それでも家族の事だけを想う時間が幸子は欲しかったのだ。
それから数時間経ち、周りは宴会騒ぎになっていた。
幸子はあまり呑める口ではない為、たしなむ程度で抑えていた。
そんな中、幸子は一つ気になる事があった。
幸子の警戒する男、小倉の姿が全く見えないのだ。
乾杯の音頭をとってから、小倉は幸子の目の前に現れず拍子抜けといえばおかしいが今回は何か仕掛けてくるのではと警戒していた割りに何も起こっていない。
やはり気にし過ぎただけなのだろうか。
そんな事を考えている間に時刻はもう終電が迫る時間帯となっていた。
(そろそろ帰らないと間に合わないわ)
幸子は帰り支度をはじめた。
しかし、さすがに今日は呑みすぎたのだろう。
幸子はその前にトイレへ行く事にした。
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