『26』
「あぁそうだ。牧元くん今日が最後だったよね?前に話した送別会、今日どうかな?」
誘いから数日経っても小倉から何の予定も聞いてなかったので無いものだと思っていた。
「えっ今日ですか?」
「最近忙しくてなかなか言うタイミングがなくてね。やっぱり急だったかな?」
小倉は恐縮そうに幸子を見た。
本当は断りたいが最後ぐらいはいいだろうと幸子は了解した。
「えぇいいですよ」
「本当に!?よし、じゃあまた後で連絡するよ」
その言葉に返事をし、扉が開くと幸子はエレベーターを出た。
ほぼ仕事を終わらせている幸子はデスクの残りの片付けをした。
帰宅時間にはデスクはきれいさっぱり何も無い状態になり、何度も同僚がねぎらいの言葉をかけてきた。
もうここに来る事もないのだと思い感慨深く今までの事を思い出していた。
そんな事がありながら幸子は今、送別会の場にいた。
ここは事務所から程近い場所にある高級ホテルだ。
そろそろ帰宅時間が迫ってきた頃、小倉から伝言を頼まれたらしく後輩が幸子に送別会の場所を知らせたのだった。
「えっ!そこってかなり高級な所じゃない?」
「小倉さん、そこのオーナーと知り合いらしいですよ。凄い人脈ですよね」
まさかの場所に少し戸惑った。
後になって恩着せがましく何か要求してこなければいいのだが。
送別会の行われる場所はホテルの十数階ほどにある大きなホールでその辺一帯を貸し切ったそうだ。
送別会には五十人ほど参加し幸子を慕っている者もいれば幸子目当てで来た不届き者もいた。
テーブルの上にはたくさんの料理や酒が並び雰囲気を盛り上げている。
幸子が後輩達と会話を楽しんでいるとマイクを持った小倉が現れ、幸子の隣に来た。
「えー皆さん、今日は牧元幸子さんの送別会にお集まり頂きありがとうございます。優秀な人材を欠いてしまう事は非常に残念ですが今日は笑顔で牧元くんを送り出しましょう。それでは今日の主役、牧元幸子さん。一言お願いします」
こんな事は予定に無く幸子は困惑したが、そこは弁護士だった。
「まずは小倉さんの御厚意でこんな素晴らしい送別会をしていただきありがとうございます。そして皆さん、今まで本当にお世話になりました。ここで培った全ての事を新しい事務所でも活かして頑張ります」
幸子の見事なスピーチに拍手が送られた。
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