『24』
今の事務所での仕事も今日が最終日。
爽快な朝日とは反して幸子の表情は曇っていた。
一日経ったからといって忘れられる訳がない。
部屋を見渡せば昨日の出来事が嘘のようだ。
電話が切れた後、幸子はあれから部屋を片付けた。
片付けたというより捨てたといった方が正しいだろう。
下着や衣類は全て捨てる事にした。
あんな男の精液が染み付いたものを当然身に付ける気は無かった。
それ故、下着は替えていなかった。
あの後、外に買いに行く気にもなれず仕方なく穿き続ける事にした。
シャワーはとりあえず浴びたが常に警戒した状態でチェーンロックを掛けてはいたがやはり不安だった。
由英にもう一度電話して声を聞こうとも考えたが弱音を吐きそうだったので我慢した。
そんな一夜を過ごした幸子の表情は疲労感でいっぱいだった。
だが、やはり幸子は普通の女とは違った。
いつまでも落ち込んでいる訳にはいかないと気丈な幸子はポジティブに考えた。
明日にはここを引き払い家族の元へ帰れる。
これからはずっと一緒なんだと幸子は言い聞かせ自分を奮い立たせた。
「よしっ!」
その一言で幸子は出勤の準備をはじめた。
クローゼットを開けると中はガラガラだった。
ある一着のスーツ、スカートだけを除いて。
他の衣類は全て部屋に放り出されていたのにこのスーツだけは手付かずの状態だった。
ビニールに包まれてクリーニング屋から戻ってきた状態のままだったので出してはいないだろう。
見落としたのか興味が無かったのか、どちらにせよ幸子にとってこのスーツだけが無事だったのは不幸中の幸いだった。
何故なら幸子には一つだけゲンを担ぐ事があったからだ。
以前、幸子が弁護士に成り立ての頃だ。
夫の由英が弁護士になった御褒美に濃紺のスーツをプレゼントしたのだった。
何故、紺色なのかは分からなかったが由英の話では偶然目に止まり幸子に似合うと思ったからだという。
それから幸子にとって何かの区切りの日、例えば記念日などにはこの紺のスーツを着ていく事が当たり前になっていた。
それに勝負服と言っていいほどの効果があった。
これを着て法廷で戦った時の勝率はかなりのものだった。
もちろん幸子の技量だが幸子にとっては由英のパワーも貰っているようで心強かった。
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