『11』
(全く、一体何なのかしら)
幸子は苛立っていた。
小倉弘(おぐらひろし)、五十才、独身。
幸子の上司にあたる男だ。
といってもこの事務所は業務分野によって分けられているので専門分野が違う小倉は直属の上司ではなかった。
幸子はやはりセクハラや強姦が含まれる刑事法を専門としていた。
小倉はほぼ全てを専門にしていたが民事法を担当していた。
そんな男を幸子は何故避けているのか、理由は簡単だった。
この男にも幸子だけに感じる淫獣の香りがしていたからだ。
それも今までの男達よりはるかに不気味で危険な匂いを幸子は感じていた。
そんな様子を幸子に見せた事は今まで無かったがどうにも警戒心を解く事は出来なかった。
危険を察知する事に関しては自信があり、これまでもその勘で女としての危機を回避してきた幸子にとって自分を疑う事は出来なかった。
その勘が当たったのか食事には何度も誘われていた。
もちろん、その度に断っていた。
それを他の者に相談した事もあったが、周りはそんな幸子の話を一蹴したのだった。
しかし、それも仕方のない事だった。
小倉は皆からの全幅の信頼があったからだ。
幸子が来るずいぶん前からこの事務所に勤め貢献していた為に事務所内では地位も上だった。
それに外見の紳士的な雰囲気も手伝って周りの評価は幸子とは真逆だった。
そんな男を疑う者などいるわけがなかった。
それに幸子以外にも他の者に食事の誘いをしていたのだという。
その者達から話を聞けば単に仕事のアドバイスをするだけでやましい事など一切無い、小倉はそんな男ではないと逆に幸子が責められた。
仕舞いには皆、幸子は自惚れているのではないかなどと言われる始末だった。
そんな事を言われてから周りに言う事は無くなった。
だが、やはり幸子には小倉という男から発する危険な香りを消す事が出来なかった。
(どうせ辞めるから別にいいけど)
幸子はモヤモヤした気持ちを捨てて自分の持ち場へ急いだ。
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