続き
客が俺一人になった店内。
「もうちょっとだけ飲んでいぃ?明日休みだしぃ」酔ったふりの俺はタイ子さんに甘えたように言った。
「いーわよ。土曜出勤で大変なんでしょ?でも程ほどにね。」タイ子さんは笑顔で許してくれた。
俺はガキの頃を思い出していた。そう、何かイタズラの作戦を実行する時と同じ気持ちだ。
「ねぇあっちで一緒に飲もうよぉ。もうお店閉めるんでしょ?ちょっと愚痴聞いて~、俺彼女にフラれちゃったの!!」
俺はカウンターの後ろにあるソファー席を指さした。
心の中では『タイ子さん、お願いですノッて下さい』と祈りながら。
「ハイハイ!いーわよ。少し付き合ってあげるー」そう言ってタイ子さんは焼酎のセットを用意し始めた。
俺は歓喜した。何しろこれがリベンジへの第一歩だから。
準備するタイ子さんの後姿を眺めながら、俺はタイ子さんと別れた後のことを思い出していた。
引っ越した後の俺の人生は順調そのものだった。自分で言うのもなんだが、勉強もスポーツも得意で顔もそこそこカッコよかった。
俺は当時からモテて、初めて好きになった同年代の女の子とは中学から付き合ったし、
その子と別れた後も、高校で好きになった子とも付き合えた。
タイ子さんには彼女にフラれたと言ったが、これは嘘で、正直、今までフラれた事はなく、
現在の彼女は大学からの付き合いで、今、結婚すら考えている。
人が羨むような輝かしい記録だが、俺の経歴に唯一の黒星がある。
そう。タイ子さんだ。初恋のタイ子さんだけは俺に何もさせずに完勝した唯一の存在だ。
そして俺は今、一世一代のリベンジマッチに臨もうとしている。
何しろ高校生の頃から準備してきた。
俺は東京に戻るべく、タイ子さんにリベンジするべく東京の大学を受験した。
そして受験で上京した日もスナック「多居湖」が健在か確認に来た。
そして大学に合格するとわざわざこの近くにアパートを借りた。就職した今でも引っ越していない。
バイトで金を貯め、初めて「多居湖」飲んだ感激は忘れない。
憧れのタイ子さんはあの頃とそれほど変わっていなかった。顔は若干老けたが、美しくスタイルもそのままだった。
そして就職して収入が安定してからは本格的に通いだした。それから今までの時間をかけて『常連』の仲間入りを果たした。
タイ子さんは、残念だが俺の事は覚えていないようで(気づいていないようで)、スナックに通う珍しい若者という扱いになった。
しかし俺はそれを利用することにした。
俺の名前は「剛士」と書いて「タケシ」と読む。ガキの頃タイ子さんにも「タケシくん」とよばれていた。
しかし俺はあえて「ツヨシ」と名乗った。タケシであることを隠しタイ子さんに近づいたんだ。
すべてはタイ子さんにリベンジするためだ。
何を今さら、そんなオバさんと。と思われるかもしれない。
どうせ自分をフッた女を妬んでるんだと言われるかもしれない。
確かに俺のプライドは傷つけられた。その気持ちもある。
だがそれだけじゃない。不思議なことに初恋が叶わなかった虚無感が15年間俺に付きまとった。
どんなにいい女と遊んでいても、どこか虚しかった。そしてふと頭をよぎるのはタイ子さんの事だった。
知らず知らずのうちにタイ子さんを意識した。マスターベーションの時もタイ子さんを想像した。
俺は過去でタイ子さんに夢敗れたことにより一人の女性に集中できなくなっていた。
これでは結婚できない。そう考えるまでになった。
学生の頃はただ若い欲望に任せてタイ子さんを意識するだけだったが、
結婚を考えている今、俺の呪縛を解き放つにはタイ子さんへリベンジするしかないと考えるようになった。
そして今日俺は再びタイ子さんに挑む。俺は焼酎を用意するタイ子さんの後姿を眺めながら心の中で呟く。
『タイ子さん。15年前の忘れ物を取りに来ました。』
『あの時は何もさせてもらえなかったが、今日こそはすべてをいただきます。少し経ったら僕たちは一つです』
過去の呪縛を解き放つため今日何があろうとも俺とタイ子さんは一つになると決意した。
続く
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