「4」
「警察はやめたほうがいいわ。例えあの男が捕まっても,あいつの仲間があなたの家庭を襲うに決まってる。娘さんだっているんでしょ? 絶対に後々面倒なことになると思うわ・・。助けてあげるから,ここは私の言うことを聞きなさい。悪いようにはしないから・・」
冷静に諭すように話す裕美の言うことには説得力があった。だとしたら,いったい自分はどうすべきなのか。聡史の頭は激しく混乱していた。しかしこうしている間にも,愛する妻が襲われようとしているのである。今はこの女店主の「助けてあげる」の言葉が聡史にとって唯一の頼りだった。
「ど・・,どうすれば・・」
「私にいい考えがあるわ。とにかく,今後警察に行くにしたって,奥さんが襲われている証拠がいるわよね。だから今から二階に行って,ビデオでその様子を隠し撮りするの。絶対に気づかれないようにね。それを警察に届けない代わりに,妻から手を引いてくれって言うわけ。でも私一人じゃ証拠を押さえるのが不安だったから,こうしてご主人であるあなたに連絡したの」
裕美の考えに納得し,聡史は少し落ちつきを取り戻した。今は裕美の言葉に従うことが最善であるようにも思える。というよりも他の手段がすぐには思い浮かばない。聡史には格闘家の友人や地元の有力者が知り合いにいるわけでもない。そうこうしているうちに,裕美は部屋の片隅にあった小型のビデオカメラを手に取ると,スイッチを入れた。部屋を出る前に再度,絶対に覗くだけと強く念を押された聡史は,しかたなく裕美の後についていった。
聡史は二階へと続く階段をゆっくりと登っていく。幸い外では強い雨音が響いていることから,二人の足音は聞こえていないだろう。聡史は内臓全てが万力で締め付けられるような緊張感を覚えていた。すでに背中には大量の汗をかいている。裕美はすでに二階へと到着していた。二階には二つの部屋があり,裕美は奥のほうの部屋へ向かっていく。遅れて二階に到着した聡史も,足音を立てないようにゆっくりと歩を進めていく。すると聡史の耳にも女のくぐもった声が聞こえてきた。しかしそれが妻の声かどうかはまだ分からない。二人は扉の前に来ると,裕美が聡史の耳元で話しかける。
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