「3」
「それを見て。奥さんは二階よ。でもその前にあなたに話しておきたいことがあるの」
裕美が指差したのは,二階につながる階段の足場にある二足の靴である。一つは明らかに男の靴で,しかもかなり大きなサイズだった。そしてもう一方は女物の黒いヒールだった。聡史は腕を引っ張られるように一階の奥の座敷に連れて行かれ,裕美から小声で話を聞かされた。まず男のことであるが,かなり気性の荒い人間であるので,決して怒鳴り込むようなことはしないよう促された。その男はこの店の常連であるらしく,このあたりの不動産業界ではかなり名の知れた男であると裕美から聞かされた。聡史は男の詳しい正体が気になったが,とりあえず二人の関係はいつからなんだと裕美に問い詰めた。
「先週・・。智子さんがうちに来てくれたときに,その男にレイプされたの。今から二階で始まろうとしているのが二回目よ・・」
それを聞いた聡史は,先週の妻の言動を思い出していた。確かに一週間前のある日,明らかに妻の様子がおかしい時があった。しかし仕事で疲れて帰宅した聡史は,妻の話を聞くことも無く早々と就寝した。次の日にはいつもの妻に戻っていたこともあり,聡史はその事を今になるまですっかり忘れていたのである。あの時きちんと相談に乗ってやればと後悔しつつも,今はすぐに二人をとめて警察に通報することが先決だった。やはり妻は被害者だったのだ。自分が長年信じていたように,あの智子が浮気などするはずがない。愛する妻を強姦魔の凌辱から守ってやれるのは自分しかいない。急いで小部屋を抜け出そうとする聡史の背中に,後ろから裕美が言葉を投げかける。
「待ちなさい。怒鳴り込んで行っても返り討ちにあうわよ」
「な・・なぜ・・?」
「昔から空手で鍛えてるって,いつも自慢してたわ。あなたじゃ無理だと思うけど・・」
裕美の一言は最もだった。聡史は華奢な体格で,スポーツなど体を動かすことが苦手である。だとすれば,二階には行かずに今すぐに警察へ電話すべきだと思える。その聡史の反応を察知した裕美がまたすぐに声をかける。
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