人妻小説
『妻を見つめる』
「1」
降りしきる雨の中,一人の中年男性が道を急いでいた。木崎聡史(きざきさとし)は三十七歳のごく普通のサラリーマンである。今日は水曜の平日だが,会社にはなんとか無理を言って休みをもらっていた。しかし,このことは妻には言っていない。朝はいつもと同じようにスーツで出勤し,会社には行かずに近くの本屋で時間を潰していた。そして昼近くになると聡史は外に出て傘を拡げて歩き出した。
(まさか・・。そんなことあるわけないんだ・・)
時刻はまもなく昼の十二時になろうとしていた。強い雨のせいで,昼間でもあたりは薄暗い。聡史は頭によぎる不安を振り払うかのように急ぎ足で歩を進める。
(うちの智子に限って,そんなバカな・・。絶対にありえない・・)
聡史の携帯に電話がかかってきたのは一昨日の晩だった。相手は妻である智子(ともこ)がパートで働いている小さな日本料理屋の女店主からだった。以前は夫婦で店を営んでいたようだが,何らかの理由で離婚したようであり,その後は何人かのパートを雇って続けていた。昼は定食を,夜はお酒を飲みながらの和食を提供しているようだったが,人手が足りないからと言われて妻の智子が昼の部だけという条件で働き出してから約二か月が経っていた。その女店主である裕美(ゆみ)から会社の帰宅途中に突然電話があり,「あなたの奥さんが浮気をしている」と突然聞かされたときには驚くと同時に裕美に対して怒りを覚えた。「うちの妻に限ってそんなことは絶対にない」と強く言い放った聡史だったが,裕美から「今日の昼十二時に店にくれば分かる」と言われたのだ。電話を切った後も聡史は混乱していたが,夜中に帰宅して智子の様子を伺っても普段と何一つ変わらぬ様子だった。この二か月,智子が浮気をしているような気配は一切感じていない。しかし,それでもあの女店長の言葉にはどことなく説得力があった。
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