第五章
「で、どうだった?」
_正午前のファミレスで日替わりランチのドリンクを飲んでいた夏目さんが、歯形のついたストローをカラカラまわしながら、私の顔をのぞき込む。
「うん、ブログとかずっと見てても飽きないし。ゲームも色々ありすぎ」
「なんかイマドキ主婦は、みんなやってるらしいよ。あとね──」
急に夏目さんが小声になる。
「なんか疑似恋愛みたいなのもできるし」
_その言葉の意味がわからず、私は首をかしげた。
「まあ、そのうち──」
そう言う夏目さんの瞳の奥で、可愛い小悪魔がいたずらに笑っていた。
_数日が過ぎ、私たち主婦のあいだで「交流サイト」は必須ステータスとなり、サイトの歩き方が私にもようやくつかめてきました。
_最初はゲームや芸能人のブログが目当てだった私も、サイト内に自分のブログを立ち上げて、更新しては閲覧数をチェックすることが日課になっていました。
_サイト内での私のハンドルネームは「オリオン」。そこには特別な思いが秘められている。
_天体観測が好きだった幼少の頃、よく母と二人で夜空を見上げては、冬の大三角形に指をかざして、点と線をつないで遊んでいました。
_一等星がひときわ目立つ「オリオン座」との出会い。あの星からもこっちが見えてるとしたら、地球は何座になるんだろう?と考えていたのを今でもおぼえている。
_そして、オリオン座の名前の中に、里緒の名前が入っているよと、母が教えてくれました。
_オリオンのブログにカリスマ性はないものの、予想以上の反響に自分でもおどろくほどだ。
_女性からのコメントが多数を占めてはいるが、男性からの声というのはまた特別なもので、私を異性として見てくれているようで、なんだか甘酸っぱい気持ちになる。
_あれ?女として見られてるっていうことは、まさか私とエッチしたいのかな?
_草食系にしろ、肉食系にしろ、結局どっちも悪くないというところで落ち着いた。
_そんな中、毎日のようにマメにコメントをくださる「おじさま」がいました。
_それが、ノブナガさんでした。
_ファーストコンタクトこそ挨拶だけで素っ気なく、印象の薄い人でした。
_でも、何度か会話を重ねるうちに、ノブナガさんの紳士的な言葉の綴りに好感を持つようになっていった。
_私は、夜空に一等星を見つけたような気がした。
_夏目さんが言ってたのは、このことね。
_特別な感情が芽生えたと同時に、体がうずく。大人の恋愛とは、そういうものだ。
_こう言ったら失礼かも知れませんが、ノブナガさんに限らず、男性からの声は捨てどころがない。
_猫を被ったような控えめなコメントや、あからさまにナンパ目的の幼稚な口説き文句。その一字一句が、普通の主婦である私に向けられていると思うと、無性に興奮した。
_なぜなら、猫を被っているのは彼らではなく、私なのだから。
_月に一度の夫とのセックスだけでは満たされない、恥ずかしいほど膨らんだ性的欲求。それが臨界点に達したとき、私の性癖が開花していった。
_なにも予定のない平日の昼間、私はある場所へと車を走らせていました。
_ほんの少しの信号待ちの時間さえ許せないほど、気持ちが先走って落ち着かない。
──もう!──どうして赤なの!
_そう心の中でつぶやきながら、ステアリングを指先でこつこつと叩く。
_バックミラーを覗くと、眉間にしわを寄せた私がいる。
──可愛くないな。
_少しだけ落ち着きを取り戻した私は、アクセルを軽く踏み込んだ。
_幹線道路をしばらく走り続けると、大型ショッピングモールが見えてきた。
_ここまで来れば大丈夫ね…顔見知りもいないはずだし…。
_スムーズに駐車を終えると、トートバッグを肩に、店内へと入って行きました。
_女ひとりの気ままなウィンドウショッピング…と言いたいところだけど、今日は違う。
_私が向かった先は──トイレ──。
_平日ということもあって、見かける人はみな疲れた様子もなく、お気に入りのショップに入り浸る。
_土日祝日とはまた違った表情を見せる店内。まばらな人波を難なくすり抜けて、私はトイレに入った。
_そして、いちばん奥の個室まで進んで誰もいないことを確認すると、芳香剤の香るプライベートルームに入って鍵をかけた。
──ここは、私だけの空間。そして、私がこれから行うことは、誰に知られることもない。
_そんなことを思いながら、自分の性癖を解放する瞬間がきたことに、ぞくぞくと悦びがわき上がるのでした。
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