第三十章
_ずいぶん遠回りをしてきたけれど、今、私と対峙している人物こそがほんとうのノブナガ。
_さらにその人物は、開かれたドアに寄り添う由美子を横目で見て、親しみを込めてこう言った。
「もう終わった?ゴールドさん──」
「まだ途中ですけど、さっきまで里緒と愛し合ってました」
(ゴールド?由美子のハンドルネームはゴールド?交流サイトで私にしつこくつきまとっていた、あの子が……)
_聞き覚えのあるその名前。ノブナガが自分のメールアドレスを私に知らせてきた後、交流サイトを強制退会させられ、それと入れ違いで私に接触してきたゴールドが夏目由美子。
_そして、私の浮気相手であるノブナガは千石弘和……ではなく、見覚えのあるその人物は……庭朋美。
_密会成立──。
_由美子は後ろ手にドアを閉めると、欲情した笑みを浮かべて鍵をかけた。あなたをもう誰にもわたさない……と、目で語りかけてくるようでした。
_仕組まれたことなのか、それとも偶然なのか、どちらにしても私自身が自らの意志でここへ足を運んだことは事実。
_密室にふたたび立ち込める女の臭気は、しらふではいられないほど私を酔わせた。
_ノブナガ、ゴールド、オリオン。それぞれの視線と思惑が点と線でつながり、冬の大三角形をつくりあげていました。
「三月さん、私は手加減しませんよ、心の準備はいい?」
_青い水面をかすかに揺らす風のような涼しい声で朋美さんが言った。
_しかし、その優しい口調の裏にある女の本能が瞳の奥にひそんでいるのを、私は嗅ぎ分けていました。この人には逆らえない、そんな気がしました。
_善人なのか悪人なのか、そこまでは嗅ぎ分けられません。ただ言えることは、彼女もまた女しか愛せない女性だということ。
「千石弘和っていうから男の人だと思ってたのに……どうして朋美さんが?」
「こういう世界があるってこと、三月さんにもわかってもらえた?肩身の狭い思いはするけど、私たちはこういうふうにしか生きていけないから」
「里緒は私のことを愛してくれたし、里緒にもその素質があるってことじゃない?」
「素質って言われても私にはわからないよ。でも、由美子のことはママ友として好きだし……」
「好きだし?」
「……愛してる」
「里緒、ありがとう」
_ベッドの上で毛布にくるまった私に由美子がそっと寄り添って、朋美さんに目配せをした。合図を受け取った朋美さんは着衣をすべて脱ぎ落とし、バッグからある物を取り出しました。
_それこそがサンタクロースからのプレゼントでした。
「三月さん、これに興味があるんでしょ?これが欲しくてどうしようもないんでしょ?こんなに綺麗な顔した普通の主婦が、そんないやらしい性癖を隠してるなんて、覚悟しなさい」
_雪国で暮らす女性とはみんなこうなのでしょうか。陶器のように灯りを照り返す肌の白さ、細身であるのにほど良く体脂肪がついたムダのない体。
_女であるはずなのに、とても攻撃的な色気がある。その罪深い色気がサディズムとなって、私のマゾヒズムを刺激した。
_そして彼女の手に握られている物、それは男性器を生々しくかたどったバイブレーター、女性専用の大人の玩具でした。
_免疫のないものを目にして、一瞬、過呼吸になりそうになった私。乳首や窒のあたりの血が濃くなっていくような熱さを感じる。
「三月さん、いい表情してる。すぐ楽にしてあげますね」
_となりの由美子が私の体から毛布をはがし、反対側に朋美さんが座ると、ちょうど私がふたりに挟まれるかたちになった。
_バイブレーターをちらつかせながら朋美さんが話しはじめた。
「本館のワイルドガーデンズで遠隔バイブの快感に溺れて気絶してしまった梅澤という女性、それから別館のスクエアガーデンズのあの部屋で全裸のまま縛られバイブでイカされ続けていた若い女の子も、みんな私が救ってあげました。彼女たちはみんなあの交流サイトの会員なんです。男性に幻滅した女性が心と体の再生を願って集う場所、それがここなんです。彼女たちは信長の城と呼んでるようですけど、そんな大げさなものでもないし、それに私自身も男性には幻滅しているんです。そこにいる夏目さんだって──」
_朋美さんが向けた視線の先の由美子が話をつなげた。
「私が初めてベッドの上で心を開けた人、それが庭朋美さんなの。旧姓が千石で、弘和はご主人の名前……でしたよね?」
「そうだけど、主人はここのスキー場に来た女性と浮気して出ていきました。離婚届もまだ……。だけどもうここには戻らないし、それ以来、男性が信用できなくなって再婚もできなくて。子供もいないから、寂しさを紛らわせるために私は猫に舐めてもらって慰めてもらうようになってしまいました。こんな性癖、軽蔑するでしょ?」
_私と由美子はなにも言えませんでした。他人の性癖をどうこう言える立場ではないからだ。
_話を変えようとして「どうでもいい話なんだけどね……」と由美子が私の膝に手を添えた。
「私のハンドルネーム、どうしてゴールドだかわかる?」
「わかんない」
「旦那に聞いた話なんだけど、夏目漱石の本名って夏目金之助っていうんだって。金之助の金でゴールド、ぜんぜん面白くない話でしょ?」
「由美子らしいね」
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