第二十五章
「いや!な……なに?嘘でしょ?」
_必死で手錠から逃れようと体をよじれさせる私に、愛おしい者を見る眼差しをそそぐ彼女。
「心配しないで。電気も復旧したから空調も動いてるし、寒くないでしょ?」
「ちょっと待って……」
_抵抗することが無意味だと悟った私は、彼女を止める言葉を探した。
_夏目さんは私の全身に悩ましい視線を這わせている。
「三月さんの肌、きれい……。なんか曇りがないっていうか、頬ずりしたくなっちゃう……。このおっぱいだって、このまま枯らしてしまったら、なんかもったいない……。」
_彼女は太ももをすり合わせて、落ち着かない下半身をもじもじさせている。
「三月さんのあそこ見てたら、なんか感じてきちゃった……。あそこ……舐めて欲しい?」
_彼女は今にも私に覆い被さりそうに、体をこちらに向けなおした。そして、私の太ももにまたがり、薄い恥毛をたくわえた局部を物欲しそうに見つめている。
_でも私は、そんな彼女の言葉の中にあらわれた微かな心の変化を見逃さなかった。それは彼女の口癖。
──確かに夏目さんは「なんか」って言った。私が目が覚めてしばらくは、夏目さんらしくない口調だった。でも今は、いつも通りの夏目さんを取り戻しつつあるのなら、そこにわずかなスキが生まれた──?
「夏目さんの気持ちはわかったから、ひとつだけ聞かせて……?夏目さんは結婚もしてるし、子供だっている……。ちゃんと男性を愛せてる証拠じゃない……?それでも私が好きだって言うの?」
_彼女の顔色が少し曇った。そして、私から目をそらして遠くを見つめている。
「私ね、今日ここのホテルの廊下で若い男の子にナンパされたんだ。エッチしたそうな、いやらしい目つきで迫られて、それなりに顔はかっこ良かったんだけどね……」
_彼女は視線をそこから斜め下に落として、話をつづけた。
「でも私……ダメなんだよね……。浮気はもちろんダメだけど、そういうんじゃなくて……ダメなの……男の人が」
_夏目さんの声が微かにふるえて、口を閉じようとする時も、唇がうまく合わさらない。長いまつ毛の下の瞳が潤んで、鼻の穴は収縮し、得体の知れない感情が彼女の瞳から溢れ出して、頬をつたっていった。
「夏目さん……?」
_彼女に何が起こったのか、わかってあげたかった。ただそれだけでした。
_そして彼女は自ら、思い出したくもない過去を、か細い声で話し出した。
──それはまだ夏目さんが高校生の頃。ある日、通学の電車の中で痴漢に遭ったそうです。制服のスカートの上からお尻を触られ、彼女は怖くなって声も出せずにいた。
_でも彼らはそれに気を良くして、集団で彼女を取り囲んで、卑劣な行為を日に日にエスカレートさせていった。
_制服の中に手を忍ばせてブラジャーを剥ぎ取り、幼い乳房を手垢で汚した。さらに、スカートの中にもぐり込んだ手が下着のくぼみを撫で回したかと思えば、思春期のつぶらな膣までもが、あぶらぎった指で突き上げられ、かき回された。
_電車の時間をずらしてもダメでした。
_そしてついに彼女は、何度目かの行為で、望まない絶頂を迎えてしまったのです。そんな自分が情けなくて、許せなくて、女に生まれてきたことを恨んだ。
_でも、それだけでは終わらなかった。帰宅途中に待ち伏せされていた彼女は、とうとう彼らにレイプされそうになった。幸い、それだけは未遂に終わったが、その時の心の傷は今も癒えることがない。あまりにも深く醜い傷口を、誰にも見せることができない。
_そんなふうに男性不信になってしまった彼女だったが、今のご主人が今まで出会ってきた男性とは違う優しさを持っていたことに心を開いて、肉体関係も交わさないまま結婚した。
_彼女は子供が欲しかった。でも、それを叶えるためには避けられない現実がある。自分の「黒い過去」を払拭して異性と肉体を重ねることに、どれだけの覚悟がいったことか。まして、最愛の人にそれを知られるかも知れないという思いを隠し通せる自信もない。
_押し寄せる恐怖に耐えながら、彼の惜しみない愛情をその胎内に宿した時、太陽の黒点のような心のシミが消えていくような気がした──。
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