第二十四章
_悲しみを滲ませているようにも見えるけど、愛に満ちた優しさも共存している、とても不安定な瞳。そして美しい。こんな目をした人に私は出会ったことがない。いったい、私のどんな秘密をその目に焼き付けたというのでしょうか。
「私の秘密だなんて、夏目さんらしくないよ?だってもう私、あのサイト退会したし──」
「私も退会させられちゃった。でも、あんな所で三月さんに会えるとは思わなかったな。ショッピングモールの……トイレで……何してたの?──」
_夏目さんの表情は熱っぽくなって、チークで染めたように頬が紅潮している。
_あの日の私の行動はすべて夏目さんに見られていた。そして、私の口からいやらしい言葉が出るのを期待している。でも私はそれには答えられるはずもなく、言葉を失っていた。
「三月さんが言えないなら、私が言っていい?」と、熱にうなされたような表情を見せると、悩ましく濡れた唇をふくらませて、ついに……夏目さんの口から……淫らな告白が──。
「三月さん……オナニーしてたんだよね?あの時、私も三月さんのすぐそばで、オナニーしてたよ──」
_その瞬間、私の体は予想外の反応をみせた。秘め事を盗み聞きされていたことへの恥ずかしさで耳が熱くなっただけじゃなく、幼顔の夏目由美子が口にした告白に興奮していた。
_ベッドに張りつけられた私には毛布がかけられている。その裏側に隠されている育ちすぎた女の体は、興奮して発熱していた。全身が蒸し暑い──。
「おどろいた?私、三月さんの事ならなんでも知ってるよ。三月さんが欲しがってたものも、ちゃんと持ってきてあるから、私が使い方を教えてあげる」
_そう言って夏目さんは、着ていた白のダウンジャケットを脱いで、ソファに落とした。
──ワイルドガーデンズの食堂の窓から見えた「白い人影」は、雪男でも雪女でもなく、夏目さんだ。わざわざ白いダウンジャケットを着て、雪景色に溶けこんでいたのだ。
_上着の下からあらわれた夏目さんの細身の体。大きく突き出た胸がセーターをふくらませて、絞られた腰の美しいラインから、肉付きの良い安産型の下半身まで、コンプレックスの要素がまったくない。
「三月さん、これからが女を咲かせる時期なのに、セックスは月一回なんでしょ?かわいそう──」
_夏目さんは両腕を前でクロスして、セーターを脱ぎ落とした。シワひとつない肌着姿が、体の曲線を強調させている。
_私は戸惑った。
「夏目さん?やめようよ。私、そんなつもりで来たわけじゃないから──。ね?」
「大丈夫。三月さんは何もしなくていいから。私が、痛くないようにしてあげる──」
_そう言うと今度はデニムパンツに親指をかけて、前かがみに膝下まで下ろし、片脚ずつ折り曲げて脱ぎ捨てた。
_夏目さんは、いちど顔を振り上げて、頬にかかる長い髪を後ろにまわした。そこには、男の前でしか見せない女の表情が映っていた。
「メールでセックスなんて、ほんとに気持ちよかったの?そんなの、ただの妄想でしょ?肌がすり減るほど体を密着させて、熱い息をかけ合うのがセックスの距離じゃない?」
_夏目さんの言葉のすべてが耳に粘着して離れない。
_なおも彼女は着衣を脱いでいく。タイツをくしゅくしゅと足首まで下ろしたら、白いショーツの底辺のふくらみの下、もっちりした太ももの間から向こう側の景色が見えて、そこに視線をそそがずにはいられない。わずか数センチの隙間が淫らに開いていた。
「三月さんも声に出して言っていいんだよ?私は……バイブが欲しい、って──」
_彼女の下半身はショーツ1枚だけを残して、次は上半身の肌着を脱ぎ落とした。
_透き通るような白い肌の露出を最小限に隠しているランジェリー姿の彼女。
_そして、私に微笑みかけて、こう言った。
「どう?私を抱きたくなった?」
_彼女の全身から溢れ出る色気が、私の身に迫ってくる。禁断の領域に踏みこんでしまったことを後悔するには、あまりにも遅すぎました。
「私たち、友達でしょ?そんなことしたら夏目さんが……汚れちゃう」
「汚れたっていい。三月さんの部屋にあった美顔ローラー、あれで三月さんはオナニーしてたよね?それがわかってたから私、自分の顔に擦りつけたんだよ?私はもう、三月さんの愛液で汚れてるの──」
「そんな……女同士で……そんな……。夏目さんのことは好きだけど、こういうのとは違う」
「違わないよ。私も三月さんのことが好き。愛してる。はじめて会った時から……ずっと」
_女しか愛せない女。男しか愛せない男。この世には男と女しかいないのだから、そのどちらも特異な人だとは言わない。
_でも、心のどこかで軽蔑してしまう自分がいる。私は、一瞬でも夏目さんを軽蔑してしまった。たいせつな人なのに。そして、そんな自分をも軽蔑した。
_彼女は自分の殻を脱ぎ捨てて、私の前にいる。それにくらべて私は、何かを失ってしまうのが怖くて、誰かが殻を破ってくれるのを待っているだけで、自分の手が汚れるのを嫌っている。
「こんな私、嫌いになった?女が女を好きになるなんて、信じられない?」
_そう言いながら夏目さんは私のそばに歩み寄り、ベッドに腰かけた。そして、私にかけられた毛布をそっとはがして、私の全身を視線で舐めまわした。
_私はその時ようやく気づいた。私の手足を繋いでいたのは、おそらくアブノーマルなセックスを楽しむための手錠。そして、私の体に着衣はなく、すでに全裸にされていたということを。
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